“転がる石には苔が生えない”のは何もロックンロールだけの話ではない。小説家もまた、常に変わり続けなければならない。わたしは本作に、同じ処に留まり続けるのをよしとしない、作家澤田瞳子の気高い戦いを見るのである。
……といった話は、あくまで本作の底流に存在するベース音に過ぎない。わたしが縷々説明してきたことを一言でまとめると、「本作は強い剛性を有した物語構造を取っている」というだけのこと。
本作は先にちらと書いたとおり、林丘寺の人々の和気藹々とした掛け合いが心浮き立つ“企業”小説であり、これまでの来し方ゆえに“逃げる”選択肢が取れずにいる視点人物、梶江静馬の成長物語でもあり、そしてある人物の祈りを巡る物語でもある。もし先に本編ではなくこちらの解説をお読みの方がいらしたなら、肩の力を抜いて、作品世界に耽溺して頂きたい。その上で、作品構造にまで細心の注意を払い、新たな領域に筆を伸ばそうとする著者の手腕に膝を打って頂けたなら、この解説はまず成功といったところである。
2023.07.05(水)
文=谷津 矢車(作家)