漫画&アニメ『【推しの子】』のそもそもの“スゴさ”とは?

 ホットペッパービューティーとのコラボレーション「#推し髪でいこう!」にも注目したい。アクア、ルビー、かながホットペッパービューティーでイメチェンを図るという企画だが、コンセプト通りに各々の髪形ががっつり変わっている。前例がないわけではないだろうが、こうしたコラボ企画においてキャラクターの見た目(髪形)が変わること自体は割と珍しいのではないか。ただこれも、「アクア、ルビー、かなが『【推しの子】』のプロモーションを行っている」と考えれば別に不自然ではない。

 つまり、本作のタイアップ回りはしばしばキャラクターをIPではなく、“芸能人”として扱っているのだ。雑誌「SPUR」2023年8月号では、アクアとルビーがハイジュエリーを身にまとった姿を横槍が描き下ろしているが、これもその一環といえる。

 このように、現状の『【推しの子】』ブームの表層をさらりとなぞってみるだけでも、本作の“強さ”は十分に感じられるのではないか。ちなみに2023年6月時点で単行本の累計発行部数は900万部を突破(アニメ放送前の3月時点での累計発行部数は約450万部)しており、アニメ放送が追い風になった形だ。

 ただ、繰り返しになるが――物語の“中身”が面白いからこそヒットし、アニメ化が決まり、アニメのクオリティも高いのでさらなる人気を獲得し――といった前提の上でタイアップ等のコラボレーションはより機能する。一つひとつが強力だからこそ、相乗効果の値がより大きくなるというわけ。

 では、漫画&アニメ『【推しの子】』のそもそもの“スゴさ”とは? その詳細な独自性や魅力はすでに多くの論考が世に出ているため(そして例によってここに至るまでにかなりのボリュームを充ててしまったため……)、本稿では二つのテーマに絞って分析していきたい。キーワード、いや『【推しの子】』風にいえば“サイン”は「嘘」と「目」だ。

 『【推しの子】』は、第1話の冒頭にある「この芸能界(せかい)において 嘘は武器だ」のモノローグ通り、“嘘”が作品全体に通底するキーワードかつテーマとなっている。アイドルとは偶像であり、「偶像崇拝」という言葉があるように、拝まれるためにはそれにふさわしい理想の体現者でなければならない。ナチュラルボーンでそういった存在がいればいいが、大抵は“つくられる”ものだ。劇中の言葉通り「捏造して 誇張して 都合の悪い部分はきれいに隠す」作業を施して――。ファンたちも頭ではそれをわかっていながら、つくられた嘘を信じようとする。そうした歪な関係性から起こる衝突や悲劇が、『【推しの子】』では克明に描かれる。

 アイは、人を愛することが苦手な人物だ。複雑な生い立ちを持ち、「嘘吐きで人嫌い」な彼女はスカウトされた際に「自分はアイドルには向いていない」と言うが、嘘でも「愛している」という言葉を使っていいと知り、芸能界入りを決意する。以降、心からの「愛する」を求めて生きていくが、母になったことで熱狂的なファンに“裏切り者”扱いされて刺されてしまう……。その際に「私にとって嘘は愛 私なりのやり方で愛を伝えてたつもりだよ」と語りかける。

 嘘は愛。誰かの理想として生きるために嘘をつくことは愛の行為でもある。ただ他者は完璧を求め、「元からそういう人間であれ」という呪いにも似た願望を押し付けてしまう。付随するセリフにある通り「アイドルだって生身の人間」である事実から目を背けて……。

 母を亡くしたルビーは「有名税って何? お客様は神様みたいな事言ってさ それはお前等の使うセリフじゃねーんだよ! 傷つけられる側が自分を納得させる為に使う言葉を人を傷つける免罪符に使うな……!!!」と涙ながらに叫ぶが、これはいまの時代、有名人“だけ”の問題ではないだろう。

 SNS上での袋叩きのような個人攻撃をみるにつけ、他者に「清廉であれ、人格者であれ」と過剰に求めてしまう病の蔓延を感じるが、私たちは皆被害者と加害者のどちらにも転んでしまう危険性を宿しながら生きているようにも映る。

2023.06.28(水)
文=SYO