アニメで強化されたある“要素”とは?

 自己発信が加速する現代において、自撮りの加工であったり、エピソードを少々盛ってみたりといったことは個々人のごく当たり前の所作として定着してきたのではないか。そうした行為は厳密には真実ではなく、「嘘」に分類されてしまう。にもかかわらず、他者の揚げ足をとったり、有名人を必要以上に糾弾したりしてしまう自己矛盾――。嘘が日常化した時代に誕生した『【推しの子】』は、芸能人の受難というシビアな内容を通して、嘘という言葉が持つマイナスイメージを解体し、再検証しているようにも感じられる。

 その部分に付随するのが、「恋愛リアリティショー編」での黒川あかねを巡る描写だ。彼女が番組内で起こしてしまったアクシデントを制作サイドが切り取り、演出を施した映像を観た視聴者はあかねを糾弾。ネットなどで追い詰められた彼女は自殺未遂を図る――という沈痛な展開が用意されている。

 共演者のアクアたちの機転で救われた彼女に皆がしたアドバイスが、「キャラ付け」だ。「素の自分で出て叩かれるとダメージ大きいし」(MEMちょ)、「何かしら演じてたらその『役』が鎧になる 素の自分を晒しても傷付くだけ」(アクア)。

 上手に嘘をつかないと、命の危険すら生じる現代。アクアとルビーの事務所の社長であるミヤコは「恋愛リアリティショー番組は世界各国で人気だけれど今まで50人近くの自殺者を出している」と語り、かなは「SNSは有名人への悪口を可視化 表現の自由と正義の名の下 毎日の様に誰かが過剰なリンチに遭ってる 皆自分だけは例外って思いながらしっかり人を追い込んでるのよ 何の気無しな独り言が人を殺すの」とつぶやく。こうした一連のシーンやセリフを見たときに、「自分には関係のない世界の話」だとか「嘘だ」とは思えない不寛容の時代に生きているという実感が、『【推しの子】』への共感を高めているのではないか。SNSの普及によって、芸能人を含む他者に対する距離感がバグりがちないま、「嘘」にスポットを当てた本作の温度感や論調は、実に刺さる。

 その部分に付随するのが「目」の演出であり、アニメで強化された要素でもある。アイのキャラクターデザインは「目の中に星がある」というものであり、その子どもであるアクアとルビーもそれぞれ片方の目に星を受け継いでいる。星はそのまま「スター」につながるのだが(故にアイの死亡時、目の星が消える演出がなされており切なさを掻き立てる)、劇中では「嘘」×「目」の見せ方が顕著だ。

 アクアやルビーがダークサイドに堕ちる(誰かを利用したり悪事をたくらんだりする)際≒嘘をつく際に目が黒くなるといった演出や、アイがライブに来たアクアとルビーにときめくシーン、MEMちょがB小町に誘われたシーン、かなが「アンタの推しの子になってやる」と覚悟を決めるシーンなど、キャラ付け=嘘をついて生きることが常態化した人物が本音を隠せなくなる瞬間を示す際に(まさに「目は口程に物を言う」だ)、目の変化を見事に使っている。

 印象的なのが第7話で、冒頭からアクアがあかねを助ける際に目の星が白く光り、ディレクターにすごむ際に目の星が黒から白に変化、そこから発光するといったもの、役作りでアイをプロファイリングする際のあかねの目の変化、さらにアイを憑依させたあかねの突出した演技力を示すラストシーンでは彼女の目に星が宿るなど、エピソード全編を通して目の演出がちりばめられている。

 嘘をつけずに(素の自分で恋愛リアリティショーに出てしまい)周囲に食い物にされてしまったあかねが、目を変化させる=嘘をつくことを覚えて境遇を逆転していくという展開においても、「目」が効いている。また、アイの武器として「吸い寄せられる天性の瞳」を挙げていたガチファン=アクアにとっては、ナチュラルボーンだと思っていたものすらそうではないのではないか、と気づかされる効果もあり、「嘘」というテーマを補強する意味でも非常に奥深い。

 そもそもオープニング映像の時点でアクア、ルビー、かな、MEMちょ、あかねの目にフォーカスした映像から始まり、サビでアイの目にフォーカスが合うという流れが象徴的だが(そして各々の目の描き込みやカラーリングの美しさが秀逸)、『【推しの子】』における「目」というトピックは非常に重要。再鑑賞の際などに、ぜひご注目いただきたい。

SYO

映画ライター・編集者。映画、ドラマ、アニメからライフスタイルまで幅広く執筆。これまでインタビューした人物は300人以上。CINEMORE、装苑、映画.com、Real Sound、BRUTUSなどに寄稿。Twitter:@syocinema

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2023.06.28(水)
文=SYO