年を追うごとに増え続けているという「発達障害」の子ども。でも、その落ち着きのなさや衝動性の強さは、もしかしたら睡眠不足が引き起こした「発達障害もどき」なのかもしれません。小児科医の成田奈緒子さんに聞きました。
「教師が扱いきれない子」「困りごとの多い子」
たとえば、〈落ち着きがない、授業中に立ち歩く、先生の指示が通りにくい。ミスや忘れ物が多い、整理整頓ができない、すぐに友達に手が出る〉。そんな子どもの様子を見聞きすると、「発達障害?」という言葉を思い浮かべる人が、近年多くなったのではないだろうか。
「まず、『発達障害』というのは医学的な診断名ではありません」と小児科医の成田奈緒子さんは語る。成田さんは大学の教育学部で特別支援教育を志す学生を教える立場でもあり、また、発達に困りごとをもつ親子をサポートしている。
「『発達障害』とは、知的障害を伴わない、注意欠如・多動症(ADHD)、自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD)などの総称です。生まれつきの脳の機能障害とされて、一人の子に複数の診断がつく場合もありますし、診断名は同じでも現れる症候は人それぞれで、濃淡があります」
冒頭に述べたのは、主に「ADHD」とされる症候だ。「ASD」は、〈こだわりが強い、過集中、感覚過敏や感覚鈍麻のような偏りがある〉。「LD」は、知能的には問題がないが〈読み書き計算などで極端に苦手なものがある〉。「発達障害」とされる子は、みんなと一緒に同じことができない、気持ちの切り替えに時間がかかるなど、学校などの集団生活で困りごとを抱えるケースが多い。
「2004年に『発達障害者支援法』が成立するまでは教育現場でも理解が少なく、授業中に立ち歩いてしまう子などは厳しく注意されるのが普通でした。しかし今は先生たちにも知識が行き渡り、伝わりやすい言葉かけを心がけるなど、『発達障害』を取り巻く環境はだいぶ改善されてきています」
子どもの特性に合わせた合理的配慮として、校内や教室内にクールダウン用スペースを設ける学校もあるし、教室に「学習支援員」などの補助が入ることも可能になった。とは言っても、親としては、我が子の言動でたびたび授業が中断したり、癇癪や他害で周囲に迷惑をかければ、先生や同級生の親に頭を下げることになり、心理的な負担は少なくない。
その困りごとは、発達障害では「ない」かもしれない
2006年には全国で7千人に満たなかった「発達障害」の子どもが、20年には9万人を超え、14年の間に13倍近くまで激増している。
「しかしその中には、『発達障害もどき』の子が多く含まれているのではないかと私は考えています」と成田さんは言う。そもそも、「発達障害」とは、血液や脳波、あるいは脳機能画像の検査で判明するものではない。診断確定のための検査はないのだ。
「多くの医師が用いるのは米国精神医学界作成の『DSM-5』。この細かな診断基準を確認します。また、先天的な脳の機能障害の有無を確かめるために誕生時からの生育歴を聞き、心理検査の結果なども照らし合わせて診断をします」
「発達障害」の診断がつくと、必要に応じて投薬も検討される。「発達障害」の薬は、あくまでも対処療法で根本的な治療薬ではないが、適切な投薬で生活上の困りごとが改善する例もある。ただ、この「発達障害」の診断が、必ずしも絶対ではないというのが難しいところだ。
「子どもの場合、問診に答えるのは親であることが多く、親の主観やその時期の症候の濃淡などから、診断は流動的になりがちです」
親の思い込みや、どこか“願望”があって、「発達障害」の診断に誘導される子がいないとは言えない。
「私が『発達障害もどき』と名付けた子どもたちは、『発達障害』に似た症候は確かにあるけれど、生育歴には問題がなく、脳の機能障害があるとは認められない子、です」
成田さんが着目するのは睡眠だ。睡眠の量と質に問題があると脳がしっかり育たず、癇癪を起こしたり、ボーッとして意欲を欠いたり、「発達障害」によく似た症候を見せるという。
「睡眠にはさまざまな役割がありますが、脳の発達に大切なのは、睡眠中に分泌される成長ホルモンとセロトニンです」
成長ホルモンがしっかり分泌されることで、集中力、記憶力、知能が発達する。セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、分泌されると心が安定し、すっきりとした気持ちで朝を迎えられる。
「睡眠不足ということは、これほど重要なものの分泌が足りなくなってしまうということなのです」
2023.06.19(月)
Text=Yuki Imatomi
Photographs=Aflo