山は「全てが我がごとだから」
――最後に山の魅力を教えてください。以前、インタビューで山にいると気分がいい理由は、「全てが我がごとだから」とおっしゃっていましたよね。でも、社会もそうですけど山は一層、うまく行かないことの連続だと思うんです。それを全て「我がごと」と考えると、なんでもっと周到に準備しなかったんだろうと自分を責めてしまったりしてしまいそうだなと……。ある程度は失敗の原因を天候や他者のせいにしないと、しんどい気持ちになりませんか?
そうですね。山の中では自分の努力や準備じゃどうにもできない部分も絶対あるなと思っていて。天候はコントロールできないし、天気予報も頻繁に外れますし。だから、自分の責任だ、という気持ちは強くある一方で、「自分の力は大したことがない」と思っているんだと思います。救助に出ると特に、「助けたい」と思いますが、タイミングや天候次第でどうにもならないことは沢山あって。自分でどうにかできることって本当に限られているんだなと痛感しました。それなのに、自分を責め続けたり、落ち込んだりしてしまっていたら、それはもうどうにもならないどころか危険です。
――「我がごと」と「どうにもならない自然」の間に明確な線が引かれているから、山にいると気持ちがいいのかもしれませんね。
僕は友人とか自分ではない他者のことももはや自然現象だと捉えています(笑)。あとはAというルートがダメだったら、Bというルートで行けばいい、その試行錯誤も面白がる人が、山好きには多いと思います。そうした考え方を僕は山の先輩から学んで。仕事があまりなかった時、これからどう生きていこうと落ち込む僕に、山岳パトロールの先輩が「人生はトライ&エラーだろうが!」と言ってくれたんです。山に登っていると、思い描いた通りには進まないことばかり。でも、やりたいことが生まれてしまったら、それに向かう人生ではありたいよね、と。僕の場合は「山で生きていく」とか「山になる」とか目標がすごく抽象的なので、トライ&エラーのしがいはあって。逆に全部がエラーではないような気持ちになります。
安全運転で遠くまで行ってみたい気持ち
――ゴールのイメージが漠然としているのも良いんですね。
はい。ここにたどり着かなきゃいけないんだってゴールは決めてなくて、湧き出してきた純粋なやる気と自分の性質の掛け合わせでどこまでいけるんだろうっていう気持ちなんです。どこまでいけるかわからないけど、安全運転で遠くまで行ってみたいなーみたいな気持ちでやっています。
――子どもの頃、この椅子に座れないと幼稚園に行けない秋本さんではもうないんですね。
そうですね。決まった椅子じゃないと嫌だと、とても生きづらかったので(笑)。
秋本真宏(あきもとまさひろ)
1991年静岡県生まれ。中学を卒業後、化学者を志し5年一貫教育の沼津高専物質工学科に入学。
高専生のときに長野県の木曽駒ヶ岳の登山で山に目覚める。その後、信州大学農学部森林科学科に編入し、日本各地の山を学ぶ。大学卒業後は、木材の会社に就職するもまもなく退社。山に関する様々な仕事を経験するため個人で活動を続け、2021年、株式会社「山屋」を設立。
https://yamaya-corporation.com/
2023.06.03(土)
文=CREA編集部
撮影=鈴木七絵