この記事の連載

町の物を山に運ぶだけでなく山を町に届けることもできる

――2021年に山屋を株式会社化されて、今は東京に移住されたそうですね。

 今は山の仕事を作っている感じです。山岳パトロール隊を5年間やって、日本中の山を転々とする生活を送るうちに、だんだんと日本の“アルプス”の中心は長野だけれども、日本の“山”の中心は東京だ、と思うようになりました。どの山にもアクセスがいいのは、長野より東京なんですよね(笑)。それと同時に、人々から山の困りごとを聞く生活を続けるうちに、町にもじつは山に関する願望や困りごと抱えてる人がいることに気がついて。たとえば、テレビの撮影や映画の制作。他にも、VRを使って病院や介護施設の中で山を体感していただくプロジェクトなどに関わっています。

――たしかに、山に登りたくても登れない、登山に興味はあるけど技術や体力に自信がない、という人もいますね。

 今までは町の物を山に運ぶ仕事をしていましたが、山を町に届けることもできるんだ、と知ったらめちゃくちゃワクワクして。けっこう今、山は風向き良好なんですよ。自然回帰したい人が増えていて、グランピングとかも増えていますよね。山が町に浸み出しているというか、山に足がついて山の方が町に向かってきている感覚があります。

スポンサー集めが上手くないと登山を続けられないことも

――年間300日山で暮らしていた人が都会に来て、今はかつては抵抗感を覚えたデスクワークのようなお仕事も増えているわけですが、ギャップに苦しむことはないですか?

 これまで綿の服を着ることがなかったので、新鮮ですね。この前ある取材に襟付きのシャツで出演したら、山仲間たちにしばらく「えりつき」というあだ名で呼ばれました(笑)。初めて木曽駒ケ岳に登ったあの日から今まで「山で生きたい」「山を知りたい」という気持ちは高まり続けていると思います。今は、これまで自分が山にいるだけでは気がつかなかった課題を、山で出会った人たちの力を借りて、総力戦で向き合うというのがめちゃくちゃ面白くて。山で生きるって、仕事も見つかりづらいしやっぱり難しいじゃないですか。僕が最初にぶつかった壁にぶつかって困り続けている仲間もいっぱいいて。たとえば、クライマーって登山の遠征に行って、帰ってきたら無職だったりするんですよね。スポンサー集めが上手じゃないと、登山を続けられないこともある。僕はやりたいことをやっている人が好きなので、ひたむきに登山の技術を高め続けているクライマーが、遠征から戻ってきた時に社会に貢献して稼げる手段があったらいいなと思うんです。

2023.06.03(土)
文=CREA編集部
撮影=鈴木七絵