現場でその特殊メイクを施すには、毎日4時間必要だった。1日の終わりにメイクを取るのにも1時間かかる。ずっとその重さを抱えていて、重心が普段と違うから、メイクを取った後は、めまいがしたよ。こんな体を持つ人は、強くなければならないのだともわかった。
僕は常に、威厳を持ってチャーリーというキャラクターに挑んだつもりだ。そんなふうに僕は、この役に外見から入っていったんだ。
「彼は僕をこの役に選んでくれるだろうか?」
―アロノフスキーとのお仕事はいかがでしたか?
最初に思ったのは、「彼は僕をこの役に選んでくれるだろうか?」ということだったね。世界級の名監督だから、最初は緊張したよ。
でも、彼が優しいジェントルマンだとわかって緊張は解けた。頭が良く、人の意見に耳を傾けようとする。良いアイデアが出てきたら、それが誰から出たものであれ、採用する。
そして、なんでも見えるんだ。映画監督にならなかったら野球の審判になっていただろうと、自分でも言っていたよ。
撮影の前に、彼は3週間のリハーサルを組んだ。今では、めったにないことだ。そんなお金のかかることは、普通、許してもらえない。
リハーサル中、ダーレンは僕らを「劇団」と呼んだ。実際、まさにそういう感じだったよ。
今作の舞台となるのは、チャーリーが住む寝室2つのアパートだ。リハーサル場所の床にはテープが貼られていて、「玄関」とされたところからしか入ってはいけなかった。試すべきことはすべてそこで試したから、撮影が始まったらそれをやればよかったのさ。
乗り越えてきた辛い経験と役柄へのリンク
―チャーリーの辛い心情に入っていく上で、個人的な経験が役に立ったことは?
それは難しい質問だね。僕自身は3人の息子の父親でチャーリーにはひとり娘がいる。僕の私生活と繋がる点があるとすれば、辛かったことではなく、自分が一番愛するのは誰かという部分だろう。
それに、娘を演じるセイディー・シンクがとても感情的な演技をしてくれたおかげで、いつだって僕はすぐその瞬間に入っていけた。
2023.03.25(土)
文=猿渡由紀