ウメは喜兵衛を最初の夫と思っていますが、2人は実際に身体の関係があるわけじゃない。喜兵衛はウメに対して下心があるわけではないけれど、でも2人の間には特殊な愛情があって互いを尊重している。今回はそうした名前のない関係性をちゃんと物語に入れることができたと思いました。というのも、ずっと思っていたことがあって。『男ともだち』の時に、主人公の女性と男ともだちのハセオとの関係について、「男は下心なしに女性にこういうことはしない」「こんな関係性ないよ」という声もあったんですよね。それは私の書き方が描き方が未熟だったところもあると思います。今回、自分の筆力が追いついたと思えて嬉しいです。
――喜兵衛の従者のような存在、ヨキもいいですよね。
千早 あ、ヨキですか。誰がいいかと訊くと結構意見が分かれるんです。私は龍かな。
――え、喜兵衛やヨキや隼人に比べて出番が少ないのに?
千早 私は花とか美しいものをくれて自分をずっとお姫様のように扱ってくれる男性が好きです(笑)。刊行した時に村山由佳さんと対談させてもらったのですが、村山さんもヨキがいいと言っていました。新井さんは他には目もくれず「喜兵衛」と言っていましたね。
「どうしてそんなに格好いい男を書けるのか」と訊かれて…
――意見が分かれるということは、それだけ魅力的な人たちを書きわけられた、ということですよね。
千早 そうなんでしょうか。このあいだも他の作家さんに「どうしてそんなに格好いい男をたくさん書けるのか」と訊かれて「わからない」って答えたんですけれど。『男ともだち』のハセオも大人気だったんですが、私は全然好みじゃないんです。私の好みは『魚神(いおがみ)』のスケキヨと『透明な夜の香り』の小川朔と今回の龍ですが、彼らはそこまで人気がない。好みを反映すると人気が出ない気がします(笑)。
――女性では、夫を亡くすおとよ、遊郭にいる夕鶴、旅芸人のおくにらが登場しますが、おくにって、歌舞伎の原型を作ったという出雲阿国のことですよね?
2023.02.08(水)
文=瀧井 朝世