千早 実際に間歩に入った時の音や質感や匂いを、書く時に全再現するんですよね。最初の頃は、夜に書いていると手足がひやーっと冷たくなってきてしまって。これは危ないと思って、昼間に書くようにしました。

 私の場合、自分の頭の中の箱庭みたいなものにその場所を立ち上げて、そのなかのどこに焦点を当てるかで文章を変えていく感じです。太陽がどこにあって、風がどれくらい吹いていて、葉っぱの間から差す光はどんなふうに揺れているかといったことを全部再現させて、どう文字で切り取るか決めていく。場所を一回立ち上げればもう大丈夫なんですが、立ち上げるまでが大変です。

 

ぱっと言葉を見つける練習

――それを言語化するにしても、「この光を表現するのにいい言葉が見つからない」なんてことはないのですか。

千早 それは普段からメモをとって練習しているので大丈夫です。私は映画を観ている時でもメモをとるんです。映画を観ながら、次のシーンに移るまでの短い間に、その場面にふさわしい表現をババババっと書きとめる。絵画のスケッチ、素描のようなことを文章でする感じです。それを繰り返していると、ぱっと言葉が見つかるようになります。

――そうでした、千早さんってメモ魔ですよね。今もノートを手にして見返したり、メモをとったりしながら話されていますし。さて、今回は史実も交えているので、物語の展開をそれに合わせるのも大変だったのでは。

千早 先に年表を作り、そこに沿うように話を進めました。すごく幸運なことに、校正さんが偶然、鉱山マニアの方だったんですよ。その方がいろいろ資料を貸してくださったので助かりました。昨日は受賞の記念に、ご自身のファイルから大正、明治あたりの頃の石見銀山の風景を撮った古い絵葉書をくださいました。

――戦国時代末期から始まる、という設定は自然と決まっていったのですか。

千早 はい。江戸になって掘り方や構造が変わるところを書きたかったんですよね。技術も進歩して、間歩をもっともっと深く掘るようになっていく。それで肺病が流行ったのはもう少し時代が進んでからなので、そこだけはちょっと史実よりも早めの設定にしています。

2023.02.08(水)
文=瀧井 朝世