主人公を「あなた」と呼ぶ二人称の形式を用いているのが、今作のひとつの特徴になっている。これも小説をおもしろく読み進めるための工夫のひとつとなっている。

「二人称の小説をいつか書いてみたいと前から考えていました。書くたび新しい挑戦はしたいので、今回取り組んでみてなんとかうまくいったかなと思えるものができてよかった。読んでくれた方も、二人称の表現を受けていろんなことを考えてくださったりしていて、それがまたうれしい。『あなた』という言葉が出てくると対になって『わたし』の存在が予想される、その『あなた』と呼びかけているのは何なのか? と人それぞれ想像してくれているようなんです。作者として『こういうつもりで書いてみました』というのはありますけど、それが正解というわけでもないし、そこは明かさないようにしています」

 

「芥川賞受賞」という節目を得た今後は…

 つねに新しいことを取り入れながら執筆が進むからということもあるのだろう、次にどんなテーマ、テイストの作品が現れるのか、予想できないのが井戸川作品だ。そもそも詩と小説、このところは短歌もと、表現の形式にもさまざまなバリエーションがある。芥川賞受賞という節目を得て、今後はどんなものを読むことができるのだろうか。

「もしもひとり無人島に取り残されて、何を書いてもこの先だれかに読んでもらうアテもないことになったら、自分は何かを書くだろうかと最近考えてみたんです。あ、きっと書くだろうなと思いました。その場所で見た葉の揺れ方だったり、海の光り方だったりを、書き記すはずだと。見たものを私の言葉で記すということが、私には楽しいし好きなことだから。

 ただし、無人島で生まれる私の書いたものは、かなり断片的で、最小限の要素から成るものになるでしょうね。それは詩に近いものと言えるかもしれません。出てきた言葉を整理しながら関連づけていくと、それは小説に近づいていくかもしれない。これからも、自分のしたいことに合った表現方法をそのつど見つけながら、やっていきたいです。なのでどんな方向に進むのかはあまり明確じゃないですけれど、いまはすでに書きたいものが浮かんできていますし、長い小説作品もやってみたいという気持ちもあります。

 現実的には、執筆時間の確保がなかなかたいへんなのですけど。睡眠時間が長いほうで、子どもを寝かしつけているといっしょに寝ちゃうことが多いんです。なんとか朝早くに起きて、すこしでも書こうとしているんですけど、すぐお弁当を作って子どもたちを起こす時間になってしまう。執筆時間をしっかり確保するところから、またやっていきたいと思います」

2023.02.06(月)
文=山内 宏泰