当時は大変とかしんどいとかは全然思わなかったですね。純粋に演技が好きだったので。ただ、いま振り返ってみると「学校に行きながら仕事もして、頑張っていたな」とは思いますね。

 それに雑談の時間はほぼなかったけど、アフレコの現場自体はとても和やかな雰囲気だったんです。だから「つらい」とは思わなかったのかも。

――アフレコの現場には、宮崎駿監督も来ていたのでしょうか?

 

 宮崎監督も参加してくださっていました。こういう取材を受けると、よく「監督は厳しかったですか?」と聞かれるんですけど、当時の私には“優しいおじいちゃん”というイメージでしたね。

 宮崎監督は、いつもホワーンとした雰囲気なんです。現場での指示は基本的に音響監督さんがしてくれるんですけど、監督自ら伝えてくださることもあって。そういうときは、厳しい感じではなく、場を和ませるようにわざと面白おかしく話してくれるんです。

アフレコ中に宮崎駿監督のお腹の音がスタジオに響いて…

――監督からはどんなアドバイスがあったのでしょう。

 事前に「千尋はお父さんとお母さん、そしてハクを助けたい。そのために頑張っている女の子なんだよ」と話していただいたくらいです。だから「頑張っているところを表現しよう」「必死さを出そう」とは思っていました。

 ただ、台本を読んだときから「千尋のどんくさいところが私に似ているな」って感じていたので、基本的には自然体でアフレコしていましたね(笑)。

――監督からNGが出ることは?

 ありましたけど、そんなに多くはなかったです。そういえば、アフレコ中に監督のお腹が鳴って、その音がスタジオに響いてNGが出たことがあるんですよ。

 私が、小腹が空いたとき用の「ぐーぴたっ」というお菓子をスタジオに持ち込んでいたので、監督に1つ差し上げたら照れくさそうに喜んでくれました(笑)。

 他にも、映画の中で「えんがちょ」という言葉が出てくるんですけど、私がそもそもその言葉を知らなくて、うまく演技ができずにNGになったんです。それで監督が「えんがちょ」の意味とやり方を教えてくれて。「今の子は『えんがちょ』を知らないの!?」とショックを受けていたのが印象的でした。

2023.01.22(日)
文=仲 奈々