「知ってるつもり」だった中国美術。本場の正統に圧倒される

 日頃エラソーに展覧会のガイドっぽいことを書いている身が、久しぶりに小学生のような気持ちに戻って見た展覧会だった。要するに「ぜーんぜんわからんちん」。

 もちろん日本美術を中心に仕事をしていれば、中国美術を観る機会は少なからずある。だが以前から薄々気づいていたとおり、日本人が好んで招来してきた「中国美術」と、本場中国でメインストリームだった「中国美術」とでは、かなり傾向が違うのだ。「知ってるつもり」だった中国美術の中に、見慣れた作品がない。覚悟して出向いたつもりだったが、「やっぱり……」というショックと共に、ざっくりした把握に留まっていた中国美術を、(1)日本における中国美術の受容 (2)中国における美術の発展と展開 という2種に分けた上で、きちんと勉強し直さなければ、と心に誓ったのだった。

一級文物「琴高乗鯉図軸(きんこうじょうりずじく)」 李在筆 明時代・15世紀 上海博物館蔵(全期間展示)
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 今展は開催に至る経緯からして興味深い。たとえば、長い間中国を範と仰ぎ、同国と交易を重ねてきた日本に所蔵される中国絵画は、室町時代以前に伝来した「古渡り」、江戸時代までに伝来した「中渡り」、明治時代以降に伝来した「新渡り」の3種類に分けることができ、当然中国国外では最大の保有国となっている。これに続くのがアメリカだが、もちろんこちらは「新渡り」。この日本とアメリカに分蔵された重要な美術作品を、それぞれ上海博物館で展示する「千年丹青─日本・中国珍蔵唐宋元絵画精品展―」(2010年)、「翰墨薈萃─ー美国収蔵中国五代宋元書画珍品展」(2012年)が開催された。

 生まれた場所から時間的にも空間的にも離れた所蔵地で長い間──中国から持ち出されて千年以上経つ作品は、もはや彼の地での記憶も記録も薄らいでいる──愛されてきた中国美術の全容が、初めて多くの人の前に明らかにされた、画期的な機会だったと聞く。本国での「正統」とは異なる文脈と好みに基づいて蒐集されてきた作品が、中国の人々の眼にどのように映ったのか、非常に興味深いところだ。

 ともあれ、この時の返礼の「交換展」として企画されたのが、上海博物館の一級文物(中国の国立博物館が所蔵する最高レベルの文物)が出展作品の約50%(18件)を占める、特別展「上海博物館 中国絵画の至宝」なのである。

 今展で扱う範囲は、約800年。それまでの門閥貴族に代わって、科挙に合格すればどんな地域・階層に生まれようと、中央官僚として活躍できる、という新しい社会制度が生まれた10世紀の北宋を始まりとして、その都が金の侵攻を逃れて杭州へと移って以降の南宋、モンゴル帝国が中国を支配した元、その後14世紀に中国を統一した明、そして再び異民族の女真が漢民族を支配し、最後の王朝となった清の始め、17世紀頃までにいたる中国美術の流れを俯瞰しようという、壮大な意図の下に構成されている。

文人たちが書と絵とで追い求めた「清雅」の境地

 その大河のような流れと、膨大な登場人物については、全40件の出品作品の全図、拡大図(何しろ描写が精緻細密なので)、そして東京国立博物館所蔵品を中心に、約100点の関連諸作品を挿図に使い、1000年にわたる中国美術史を詳細に解説した図録をお読みいただくとして、ここでは大事な鑑賞のポイントをいくつか挙げておこう。

一級文物「青卞隠居図軸(せいべんいんきょずじく)」(一部分) 王蒙筆 元時代・1366年 上海博物館蔵(展示期間:10月29日~11月24日)
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 まず第一は、中国美術で重んじられるのは、高度な「技術」を駆使した職業画家(プロ)の絵より、高潔な人格と深い教養を備えた文人=士大夫=科挙に合格した中央官僚(つまり絵のアマチュア)が描く、その内面を表現した絵だということ。北宋で出現した絵を描き、詩をしたため、書をよくする官僚=「文人」こそ、中国美術の主役なのである。

 その文人たちが書と絵とで追い求めた境地が「清雅」。たとえば元の王蒙による『青卞隠居図軸』のような、峨々たる山塊に雲が湧き、清らかな水の流れる、俗世を離れた理想の山水世界のありようを示す言葉だ。

一級文物「石湖清勝図巻(せっこせいしょうずかん)」  文徴明(ぶんちょうめい)筆 明時代・1532年 上海博物館蔵(全期間展示)
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2013.11.09(土)