渋谷センター街に降り立ったケニアの少年の姿を妄想

山口 このきゃりぱみゅの曲の歌詞は、作詞アナリスト的には、どんな風に受け止めていますか?

伊藤 リリース時期はハロウィンを過ぎてしまっているのですが、詞の内容はTrick or Treatをする子供たちのドキドキとキラキラを表現していて、石畳や坂っていう詞中の言葉からは、舞台はサンフランシスコあたりかなぁ? と思うんです。

山口 なるほど。

伊藤 だけど、Trick or Treatが「もったいない」というワードと組み合わさることで、世界観は一転してしまう。僕がイメージしたのは、アフリカのケニア、ナイロビ郊外の貧しい町から一歩も出たことのない8歳の少年。

山口 作詞アナリストの「妄想分析」が始まったぞ(笑)。

伊藤 そのアフリカの少年は“どこでもドア”で突然、夜の渋谷センター街に降り立つ。不思議な服で着飾った人々と、外国の文字が書かれた四角いビルや看板、その他のものが重なる街並み。いたるところからチョコレートと牛骨スープが混ざって化学変化したような魔法のような匂いが漂ってくる。見たことない世界にテンションが上がる少年は、飽きることなく渋谷の街を探検し続け、今までの人生に感じたことのないワクワクで満たされる。時間をかけて渋谷の繁華街と呼ばれるところを巡り、やっと自分が空腹なことに気付けるくらい冷静になった時、少年はその赤土色のビー玉みたいな瞳を地面に下す。そこには店から出されたゴミ袋を漁るホームレスや、泥酔してフラフラ地べたに座りこみ甲高い声をあげる若い女、無理に押し込みすぎたビールとアジアの料理を惜しげもなくリバースする若くないであろう男。さっきまで砂漠のように何も落ちていなかった道端には、灰皿となって黄色い液体が淀んでいるぺットボトルがオブジェのように立っている。

山口 映画的ですね。ウォン・カーウァイ監督作品の解説を聞いているみたいです。その映像を観たいな。

“グローバルの中でのJポップ”を考える時期に入った

伊藤 (笑)。少年はその風景をみて、この刺激的な夜はいつまでも続かないことを知らされ、自分が夢の中にいることに気づいてしまう。でも、せっかくだから夢が覚める前に、人々が喉の渇きを潤しているカラフルな飲み物や、湯気に顔を突っ込んですすっているヌードルを食べてみたいと思う。「どうせ捨てちゃうんでしょ? だったらその残ったスープをおくれよ!」という少年。「おいら、こんな美味そうな食べ物見たこともないんだ! だからプリーズ、お願いだよ!」と、仕事帰りの派手に着飾った女や、迷惑そうに目を逸らすスーツ姿の男に迫る。そんな少年の無垢なんだけど、豊かな国に育った日本人には直視できないような欲求を、この曲の奥の方に感じずにはいられないんです。

山口 うーむ。すごい想像力ですね。中田ヤスタカが、そんなことを考えて作詞してないのは、俺が保証できるくらい、確かだけれど、グローバルの中でのJポップと捉えたときに、とても意義深い、「妄想分析」だと思います。

伊藤 戦略や売り方だけでなく、純粋なクリエイティブ部分でも“グローバルの中でのJポップ”を考える時期に入ったと思うんです。「もったいない」という命と資源に対するリスペクトと、ケニアの少年がみた夢が醸し出す世界は、グローバルな視点からみても魅力的なJポップになっています。

山口 原宿カルチャーは、日本の貴重な輸出資源ですし、きゃりーぱみゅぱみゅは、その象徴です。「もったいない」も世界に敷延してほしいですね。

きゃりーぱみゅぱみゅ「もったいないとらんど」
ワーナーミュージック・ジャパン 11月6日発売
通常盤\1200、初回限定盤\1500(CD+DVD)
■きゃりーぱみゅぱみゅにとって通算7枚目となるシングル。カップリングにはサンスターOra2のCMソング「すんごいオーラ」などを収める。通常盤ジャケットのビジュアルは、魔法をかけられたきゃりーが動物に変身してしまったという設定なんだとか。
■「もったいないとらんど」作詞・作曲・編曲/中田ヤスタカ
オフィシャルサイトURL kyary.asobisystem.com

【動画サイト】
「もったいないとらんど」
URL www.youtube.com/watch?v=7bFHzDa9U9w

【関連サイト】
SYNC MUSIC JAPAN www.syncmusic.jp
NHK「J-MELO」 www.nhk.or.jp/j-melo/nhkworld
 

山口哲一 (やまぐち のりかず)
音楽プロデューサー、コンテンツビジネス・エバンジェリスト。(株)バグ・コーポレーション代表取締役、「デジタルコンテンツ白書」(経産省監修)編集委員。プロデュースのテーマに、ソーシャルメディア活用、グローバルな視点、異業種コラボレーションを掲げて、音楽とITに関する実践的な研究を行っている。著書に『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ダイヤモンド社)、『ソーシャル時代に音楽を“売る”7つの戦略』『プロ直伝! 職業作曲家への道』(リットーミュージック)がある。最新刊は『世界を変える80年代生まれの起業家 ~起業という選択~』(スペースシャワーネットワーク)。詳細プロフィールはこちら
Twitter@yamabug twitter.com/yamabug
ブログ「いまだタイトル決めれず」 yamabug.blogspot.jp
作曲家育成セミナー「山口ゼミ」 www.tcpl.jp/openschool/yamaguchi.html
WEDGE Infinity連載「ビジネスパーソンのためのエンタメ業界入門」 wedge.ismedia.jp/category/entertainment

伊藤涼 (いとう りょう)
音楽プロデューサー、ソングライター。ジャニーズ・エンタテイメントで『青春アミーゴ』などのミリオンセラーをプロデュース、後にフリーランスに。ソングライターとして、乃木坂46『走れ!Bicycle』、AKB48『ここにいたこと』などの作品がある。作詞アナリスト、フードミュージックプロデューサーとしても活躍。論理的で明晰な分析力に注目。
マゴノダイマデ・プロダクション www.mago-dai.com
ブログ「伊藤涼の音楽」 ameblo.jp/magodai
伊藤涼が主宰する作詞研究室リリック・ラボ www.mago-dai.com/?p=398

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2013.10.24(木)