「お前、目の下に隈あるぞ」
その時、僕は寝不足だった。週50時間勉強という訳のわからないものを自分に課した結果、睡眠時間を削らざるを得ず、そうなってしまったのだ。
「そんなになるまで勉強しやがって。そんな姿見たら、反対できないだろうが」
先生は、そう答えた。
「東大に行くって言うなら、俺は止めない。だが、授業中とか頻繁に当てるから、覚悟しとけ。『この程度の問題も答えられないなら東大になんか行けないぞ』って言ってやるよ」
正直な話、僕が数字にこだわって勉強し始めたのなんて、ほんの2週間くらい前のことである。でもそれを、佐藤先生は知らない。まあもしかしたら、知らないふりをしてくれているのかもしれないが、しかしそれでも騙されてくれているのだ。
(こういうことなのか?)
僕は考える。師匠が言っていた、優等生の演技というのは、こういうことだったのではないかと。
(優等生の演技をすれば、優等生として周りが扱ってくれるから、いろんなことが、うまく行くって、そういうことなのか?)
この後、僕は、授業で頻繁に当てられるようになった。先生からの質問に答えるのは大変だが、しかし、答えられるように一生懸命になると、その分勉強するようになった。
そして、それに釣られるように、最初は僕が東大を目指すと言ったのをバカにしていた人たちも、次第に何も言わないようになっていった。それもこれも、僕が東大を目指すと周りに公言したからおきた現象だ。
(演技が、本当になっていく、か)
その事実を、僕は噛み締めるのだった。
3、他の人の質問を積極的に受けて、時には教える
「ねえ西岡くん、さっきの授業で出されたこの問題、わかった?」
星川さんに話しかけられたのは、授業でよく当てられるようになってからだった。
「あの問題、難しくてさ。ここまではわかったんだけど、先ができなくて」
はじめに断っておくが、僕は星川さんと話したことはほとんどない。というか、皆無に近い。クラスが同じでもまったく話さない上に、そもそも高校3年生で初めてクラスが一緒になった、そんな相手が星川さんだった。
2022.10.29(土)
文=西岡壱誠