エリザベス女王へのお気持ちを表した美智子さまの装い
それは2012年、エリザベス女王在位60周年の祝賀の一環として、世界の王族をウィンザー城に招いた昼食会のことでした。当時の天皇皇后両陛下(現上皇ご夫妻)も招かれ、エリザベス女王自ら歩み寄るほどの歓迎を受けました。
その時、美智子さまがお召しになっていたのが、上品な淡い洒落柿に金をあしらった着物。帯は18世紀の絵師・尾形光琳が描き、現在、国宝に指定されている「燕子花図屏風(かきつばたずびょうぶ)」が描かれたものでした。
実は、この「燕子花(かきつばた)」にこそ、美智子さまのエリザベス女王によせる、畏敬の気持ちが表れていたのです。
かつてエリザベス女王が訪日した際、訪れた京都の桂離宮で茶席がもうけられ、一服の御抹茶とともに「かきつばた」を模した上生菓子が供されました。菓子の名は「唐衣(からごろも)」。
その名の由来となったのは、平安時代の六歌仙の一人、在原業平(ありわらのなりひら)が詠んだ以下の歌でした。
からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ
句頭を繋げて読むと「かきつはた」となることから、歌の冒頭の「からころも」を菓子名としたとか。
さらに、歌には、「着慣れた唐衣のように親しんだ妻を都に残し、はるばる遠国までやってきた心細さ」がこめられています。当時、遠い極東の日本を訪れた女王の、ふと本国へ思いを馳せる心境に、寄り添っているようにも感じられるのです。
この時の日本的なおもてなしを知る美智子さまが、それから37年後、ご夫妻で招かれたエリザベス女王との昼食会で、尾形光琳の「かきつばた」の帯をされていたのは、その時の思い出をさりげなく伝えたかったのでしょう。
そして、歌の「はるばるきぬる たびをしぞおもふ」には、物理的な距離の遠さもさることながら、在位60周年のダイヤモンド・ジュビリーを「長い旅」と解釈され、よくぞ長きにわたり女王として勤められてきたことに、最大の敬意を示したかったのではないでしょうか。
言葉で直接言うよりも、婉曲的な表現の方が相手にその真意が伝わった時、大きな感動を伴って心に永遠にとどまるような気がします。エリザベス女王もまた、そのことを十分に承知し、自ら積極的に実践されていたのでしょう。
2022.09.22(木)
文=つげのり子