「主人から家を建てようかと言われたときも…」

――その悠々自適さがうらやましい……と言ったら変な言い方ですけど、すごいです。

多良 1日の時間を自分の自由に使えるのは、何物にも代えられない喜びです。さみしいとはまったく思いません。

――なるほど……。将来一人になるんじゃないかという不安を抱えている人も少なくないと思います。

多良 主人は9つ年上でしたから、主人が先に亡くなるというのは、ずっと覚悟してきました。いずれは私一人になるんだなという思いもあって、年金も自分の分は使わないでコツコツ貯めました。主人から家を建てようかと言われたときも、「この団地で十分」と断りました。子どもたちに絶対に迷惑をかけないように、お金は貯めるという気持ちはずっとありましたね。

 

3DKの団地で、家族5人暮らし

――ほしいものの中に、マイホームというのはなかったんですね。

多良 全然ありませんでした。結婚当初に住んでいた主人の実家は、だだっ広い一軒家だったのですが、大きな家というのは無駄が多いのです。掃除も大変で。それに私は狭いところが好きなんですよ。

 この団地で、最初は家族5人で暮らしていたから手狭でした。でも、子どもたちが巣立って、主人と私の2人になったら、襖を全部取り払って2つの部屋をワンルームにしました。子どもたちのベッドや机もどんどん捨てて。

――子どもたちの意見は二の次?

多良 いえいえ、そんなの聞きませんよ。私のいらないものはいらないんです。

――もういなくなっちゃったんだから、と(笑)。

多良 そうそう。そうやって大きな家具をなくして、部屋を風通し良くすっきりさせたら、空気感ががらりと変わりました。どこにいても主人の顔が見えるようになって。掃除もしやすいし。狭い部屋も暮らし方次第だな、と。

亡き夫の思い出のソファを捨てたわけ

――世の中って、無い物ねだりじゃないですけど、誰かと比べてしまうじゃないですか。そうじゃないと。

多良 自分の型を作るのが大切ですよね。身の丈に合ったもの。それ以上のことを、私は望みません。

2022.09.18(日)
文=我妻 弘崇