美空ひばりを「お嬢さん」と呼び、住み込みでその姿を見守り続けた付き人と息子による鼎談「美空ひばり邸の三婆」(「文藝春秋」2022年9月号)を、一部転載します。

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8畳に川の字で寝ていた「三婆」

加藤 今年は、美空ひばりの生誕85周年。亡くなってから33年になります。お袋は明るい人でしたから、湿っぽくならない話題で、付き人だったお二人と一緒に思い出を語りたいと思います。

 関口範子さんには、お袋の付き人を28年間も務めてもらいました。辻村あさ子さんは、自宅で掃除や料理の担当。僕は幼稚園のときから、毎日お弁当を作ってもらったね。もう1人の付き人だった齋藤千恵子さんは、病院でリハビリ中なので、今日は不在です。

 お袋は、おのり、あさ子、ちーちゃんと呼んでました。3人ともずっと我が家に住み込みで、8畳の部屋で川の字になって寝ていました。お袋が亡くなってからも、この青葉台の家に住み続けている。よく驚かれるけど、もう50年以上経つね。

関口 私は主に、事務的な仕事をしていました。齋藤ちーちゃんは、劇場でお化粧をする準備や片づけをしたり、着付けを手伝ったり。器用だから、手仕事を頼まれることが多かったですね。

辻村 私達三人で「ひばり邸の三婆」と呼ばれています(笑)。

《昭和を代表する歌謡界の女王・美空ひばり。生誕85周年となる今年、誕生日の5月29日に合わせて発売された4枚組のDVDボックス、命日の6月24日にはオーケストラをバックに歌ったCDアルバムが好評を博すなど、いまも人気は衰えない。

 関口範子さん(82)は昭和36年から、ひばりさんが亡くなるまで28年にわたって付き人を務めた。辻村あさ子さん(72)は昭和48年から、齋藤千恵子さん(84)も、昭和41年からの付き人だ。

 加藤和也さん(51)は、ひばりさんの弟・哲也さんの子として生まれ、7歳のとき養子となった。16歳でひばりプロダクション副社長に就任。翌年から社長となり、現在に至る。》

2022.08.22(月)
文=加藤 和也,関口 範子,辻村 あさ子