強制的に引退を強いられたプロボクサーの男が、地下格闘技の世界に足を踏み入れてしまう『生きててよかった』で、45歳にして映画初主演を飾った木幡 竜。自身もプロボクサーの経歴を持つ異色の逆輸入俳優が、これまでのキャリアを振り返る。
●プロボクサーから俳優に転身
――子どもの頃の夢は?
強くなりたかったです。中学生のとき、友だちがヤンキーに絡まれてボコボコにされたことがあって、僕はそれを見ながら「やめろ!」ということしかできなくて……。助けることができなかったんですよね。
――それが中学2年のときにボクシングを始められることに繋がるんですね?
キックボクサーをやられていた非常勤講師の先生に勧められたことも大きいですが、友だちとの出来事も大きく、圧倒的な力が欲しかったんです。その後、高校ではインターハイや国体で3位になり、大学に進学してからは、オリンピックを目指しました。
――その後、プロボクサーとなり、俳優に転身するきっかけは?
実際、日本3位の成績でオリンピックに出場できなかったのですが、プロとなり、大橋ジムの会長さんのところでお世話になりました。その後、「無敗で日本チャンピオンになったらプロを続ける」という目標を立てて頑張りましたが、二戦目で引き分けになってしまったんです。
それで、以前からとても興味があった映画の道、俳優の道に進むことに決めました。山田洋次監督の『息子』で観た永瀬正敏さんの演技が大きいかもしれません。
●中国映画界のスゴさを目の当たりに
――そして、2004年から俳優活動を始められます。
知り合いの俳優に誘われ、事務所に入りました。正直ボクシングができることを売りにしていたわけでもないですし、日本ではアクション映画自体多くないこともあって、演じていたのはアクションとは関係のない普通の人の役ばかりで、『陰日向に咲く』で初めてちゃんとした役をもらいました。その後、30歳ぐらいのときに中国映画のオーディションを受けました。
――2008年に、日本人兵役を演じられたルー・チュアン監督作『南京!南京!』ですね。
何度か撮影が延期されるなかで、やっと決まった役です。そして、その映画のプロデューサーでもあったハン・サンピンに声をかけてもらって、『東雨風』(日本未公開)に出ることになりました。
中国語がまったく喋れないこともあって、最初は断ろうと思っていたんですが、行き当たりばったりな感じで、中国映画界でやっていくことになりました(笑)。それで3本目に出演したのが、『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』です。
――『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』では、主演のドニー・イェンとの壮絶なバトルシーンもありました。
現場ではドニー・イェンを中心としたスター共演作であることの豪華さに圧倒されましたし、中国でスゴいアクション映画を撮れる理由を、実体験を通じて感じました。とにかく、お金と時間と人材があるんですよ。
また、この作品で武術指導として参加されていた谷垣健治さんからも、映画におけるアクションについて、いろいろ学ばせてもらいました。そして、この作品に出演したことで、中国の監督たちに「木幡 竜はアクションもできるんだ!」というアピールができました(笑)。
2022.05.14(土)
文=くれい響
写真=佐藤亘