台湾の裏社会を描くノワール小説
無秩序が横行する台湾のダークサイドなら、馳星周『夜光虫』がいい。日本のプロ野球選手だった男が台湾野球で八百長に手を染めたのがきっかけで、裏社会へ堕ちていくノワール小説である。ねっとりと搦みつくような台湾の暑さが、いつまでも読者をとらえて離さない。
夜光虫 (角川文庫)
定価 1012円(税込)
KADOKAWA
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
『夜光虫』の舞台は九〇年代。作中に、野球選手たちが台北から高雄の球場までバスで八時間かけて移動するくだりがある。それを一時間半に短縮したのが台湾新幹線だ。吉田修一『路』は、その着工から開業までの八年間を描いている。
現地に出向した日本人商社員や、後に現地の整備工場で働くことになる台湾人フリーター、台湾で生まれ終戦後に日本に帰ってきた日本人の老人、日本で建築家となった台湾人青年―それぞれの物語が台湾新幹線を通して結ばれる。国境を超えた絆の物語である。沿線各地の風景も読みどころ。「台湾は南下するごとに、少しずつ太陽に近づいていくみたいですね」というセリフが印象的だ。
路 (文春文庫)
定価 792円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
また、台湾新幹線は三月に他界した西村京太郎も『十津川警部 愛と絶望の台湾新幹線』で取り上げている。車両そのものの描写が詳しいのはさすが。
十津川警部 愛と絶望の台湾新幹線 (講談社文庫)
定価 682円(税込)
講談社
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
乃南アサ『六月の雪』は、台南で生まれ育ち終戦で日本に帰ってきた祖母の故郷を、孫娘が旅する物語である。祖母の記憶に残る家や街並みを探す過程で、主人公は日本と台湾の間にあった複雑な歴史を初めて知ることになる。
こちらにも、東京駅に似た建物が登場する。台南の元州庁だ。日本の面影を残す建物を見て、日本語を話す人々と会って、主人公は台湾を「外国じゃなかった時代のある外国」と考える。そして「曲がりなりにも一つの国として歩んできた国が、終戦と同時に、それほど日本と異なる歩み方をしてきたこと」に衝撃を受けるのである。
六月の雪 (文春文庫 の 7-12)
定価 1144円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
2022.05.01(日)
文=大矢博子
写真=文藝春秋
出典=「オール讀物」5月号