2021年春、菓子研究家の長田佳子さんが東京から山梨県甲州市塩山に居を移し、新しい暮らしを手探りするうちに4つの季節が過ぎていった。

 活動名の「フードレメディ」の「レメディ」は、“癒やし”“治療”などの意味を持つ。体に負担のない素材を選び、美味しくて心身の癒やしに繋がるお菓子をつくりたい。そう考える長田さんが「材料の生産地のそばで暮らしたい」「自分で材料を育てたい」と田舎暮らしを考えるようになったのは、ごく自然な流れだったに違いない。


山梨移住でコーヒーに開眼

 山梨に移住して加わった新しい習慣として「コーヒーを飲むこと」が挙げられるそう。

「実はそれまで、コーヒーはちょっと苦手だったんです。ところが甲府には、豆本来がもつ味わいを生かす、スペシャルティコーヒーを提供する素敵なお店があって、私でも美味しく飲める。適切な対価を払うことでコーヒー農園を守り、高品質な豆の生産環境を支える。つくり手に敬意を払うそんな姿勢にも、感銘を受けました」

 「甲府に来たら行くといいよ」と多くの人にすすめられた「寺崎コーヒー」の寺崎亮さんと、イベントで一緒に出展したことがきっかけで知り合った「AKITO COFFEE」の丹澤亜希斗さん。そうして出会った、仕事に対する真摯な姿勢と魅力的なお人柄が共通した二人は、長田さんが尊敬する山梨の友人となった。

人間関係も育っていく

 長田さんが山梨暮らしで、道標のように感じている存在が「evam eva」の近藤尚子さん。

「共通の知人がいて、以前からお店やイベントでお会いしていたのですが、移住した翌週にショップでのイベントに参加させてもらい、完全アウェイななか『山梨へようこそ』と迎えてくださったことを、昨日のことのように覚えています。憧れのデザイナーであり、よき家庭人であり、お店のスタッフの母のようでもあり……その包容力の大きさに、いつも驚かされます」

 さらに、ご近所の「石原園芸」へ足を運び、ハーブの苗などを購入するのが定番コースに。そうするうちに代表・石原玄太さんとも親しい付き合いがスタートした。

「この一年は『早く居場所をつくらなきゃ』と、ひたすら走る日々でした。理想に現実が追い付かず、反省もたくさん。そんなとき、助けてくれたのはやっぱり周りにいる人でした。きっかけは種のように小さくても、想いがあれば繋がるし、関係は育っていく。人の力は本当にすごいと改めて思います」

Their seeds

心と体に染み込むお菓子をつくりたくて土のある場所へ


アトリエで過ごす日のTime Schedule

●8:00 起床、体調によって朝の飲み物を選ぶ
●9:00 洗濯、掃除、デスクワーク
●11:00 昼食
●12:00 アトリエへ。試作や仕込み
●18:30 夕食
●20:00 温泉
●21:30 家事、デスクワーク
●24:00 就寝

2022.04.12(火)
Text=Noriko Tanaka
Photographs=Nao Shimizu

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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