自分の足で歩いて見た風景は、匂いや空気まで記憶に残る
安藤さんが次に向かったのは、飯能河原渓谷に堂々たる佇まいを見せる地中海・アラビア料理レストラン&ブルワリー「CARVAAN BREWERY & RESTAURANT(カールヴァーン ブルワリー&レストラン)」。長い石畳を下りた先には、古代ローマのパンテオンのような門構えが。
古代ペルシャ語で「隊商」(キャラバン)を表す言葉“カールヴァーン”を店名にしたこの店では、館内の醸造所で醸されたできたてのクラフトビールや、地中海料理、アラビア料理をはじめとする世界の食文化と出会うことができる。
中へと一歩入れば、明治の文明開化期の洋館とアラビア建築を折衷したという異国情緒あふれる空間が広がり、そこはまさに非日常の世界。テーブルや椅子、ランプなどの調度品やインテリアのみならず、内装材や建材まで世界中から運んだというこだわりに、
「こんな場所が飯能河原渓谷の断崖に建っているなんて!」
と安藤さんもびっくり。
さて、大きな窓に面したテーブル席についた安藤さんは、緑豊かな飯能河原の景色を眺めながらランチタイム。野菜中心の食生活を心がけているという安藤さんがセレクトしたのは、地中海・アラビア諸国の伝統料理「メゼ」が美しく並ぶ「アラビアン・ベジ・プレート」。食後に「アリバカカオとデーツのヴィーガンパフェ」とコーヒーを堪能しながら、話題は「歩くこと」の楽しさへ。
「歩くのは大好きですね。イギリスに留学していた頃も、東京に住んでいた頃も、電車に乗らずに1、2時間は普通に歩いていました。
映画監督という職業柄、やっぱりそういう性質なのか、いつも無意識にロケハンしているんです。歩きながら、観察して、空気感を感じて、『あぁ、ここはこういう街なのか』『この道はこう続くのか』って、ずっとレンズを通して見ている感じ。歩くのが仕事だとも思っているくらいで、もう刑事か映画監督か、みたいな(笑)」
初めての街に行ったら、まず歩く。歩きながら、頭の中でシャッターをどんどん切って、街の風景を自分の記憶のアルバムに撮りためていく、と安藤さん。
「自分の足で地面を踏んで、そこの景色とか街の人たちの雰囲気とか、その土地の空気感を自分の肌身に馴染ませます。地方に行ったら必ずスーパーに寄ってみて、みんながどんな生活をされているのかを見たりして。そうやって記憶した写真には、そのときの空気や匂いまで全部一緒に切り取られている。アルバムは補足。この“脳と心のアルバム”の方が本物で、信頼しています。
コロナ禍で思うように遠出もできない時期が続きましたが、WEBで見る風景写真や動画ももちろん美しいけれど、自分の目で見たものの記憶って、香りとか、光のまぶしさとか、五感で感じたもの、そこに存在したすべてと自分が一体になっている。だから、同じ香りをどこかで嗅いだりすると、記憶にある映像が引き出されて、胸に何かが灯る。あたたかな気持ちが蘇ります。世界と自分は繋がっている、そう思えるんです」
2022.04.26(火)
文=張替裕子(giraffe)
写真=釜谷洋史
ヘアメイク=SUGANAKATA(GLEAM)
スタイリスト=高橋直子