“サイエンスSARUらしさ”が凝縮された画作り
現代的な感性に、アニメの特性を融合させた『平家物語』。それはビジュアル面においてもいえる。キャラクター原案:高野文子×キャラクターデザイン:小島崇史によって生み出されたキャラクターたちは柔らかな線でシンプルに描かれており、要素をそぎ落とした造形は観る者に“絵巻物っぽさ”を想起させ、視覚的に時代劇であるということを印象付ける。
肌や服の色なども基本はベタなのだが、陰影のつけ方が絶妙だ。陽の光の当たり具合や木々が揺らめくことで生まれる陰、そして蠟燭の灯などの光源と光量に合わせて実に立体的に構築されており、そのクオリティはため息が出るほど。
呼応するような自然などの背景描写も見事としか言いようがなく、特筆すべきは手触りすら感じられるほどの質感だ。山田監督の演出には欠かせない花、或いは雨や雪もそうだが(本作では椿や牡丹など、花が落ちることが人の死のメタファーとして機能しているが、そうした風景や自然に想いを乗せる演出は、山田監督の得意技でもある)、屏風に御簾、御殿の床など、手描き風の温かみがあるタッチながら、実感をもって目に飛び込んでくる。
『平家物語』は「人々がそれぞれの想いをもって生きていた」ことを丁寧に描き切った作品だが、背景や美術といった“場”からもそれが存分に伝わってくるのだ。
空間の説得力がすさまじいため、そこで繰り広げられる感情のやり取りもリアリティを帯び始める。美術監督の久保友孝氏は、『かぐや姫の物語』『思い出のマーニー』等で背景を手掛け、『メアリと魔女の花』で美術監督を務めた人物。加えて、動画監督:今井翔太郎、色彩設計:橋本賢、撮影監督:出水田和人といった面々が、『平家物語』の世界観を作り上げた。
また、キャラの簡略化と周囲の緻密さの融合は、『映像研には手を出すな!』『夜明け告げるルーのうた』など、サイエンスSARUのお家芸ともいえるだろう。
こうしたエキスパートたちが、今を生きる私たちが訪れることのかなわない、だがイメージとしては存在する“平安時代らしさ”を創出したことで、先に述べた現代的な感覚が浮き立ってくる。人物描写やセリフもそうだが、現代アニメ的な演出が見せ場のシーンで効果を発揮するのだ。
一例を挙げるなら、第4話で重盛が亡くなる際のシーン。びわが「重盛!」と叫ぶ瞬間、カメラにびわの横顔がフレームインする→一瞬ピントがボケてまた合うといった演出は「演者の感情が高ぶった結果、カメラのフォーカスが間に合わなかった」という突発感、激しい感情の動きを刻み付ける。
主に実写で使われる技法だが、近年のアニメにおいては意図的に導入されるようになった(当然ながら、アニメにおいてはわざとピンボケを作っている)。ちなみにこうしたピンボケ演出は、『映画 聲の形』『リズと青い鳥』といった山田監督×吉田氏の作品にも見られる。
感情を刺激するサウンドの“最適解”
また、音楽のアプローチも特徴的だ。オープニングテーマの羊文学の「光るとき」も、エンディングテーマのagraph feat.ANIの「unified perspective」も、本作の世界観やストーリーを明確に意識しながら(「光るとき」の「最終回のストーリーは初めから決まっていたとしても今だけはここにあるよ」など)、サウンド的にものすごく時代に寄せているといったことはない。
現代のミュージシャンが「平家物語」、ひいてはアニメ『平家物語』にインスパイアされて制作した楽曲という感覚が、リスナーにも明確に伝わってくる。
劇伴(劇中の音楽)においても、琵琶の音はあれど実に多種多様なサウンドが物語を彩っており、「時代劇だから和楽器かオーケストラだ」といったような決まりは一切なく、ロックありテクノありの自由な構成に。
山田監督とは本作で3回目のタッグとなる牛尾憲輔は、公式インタビューの中で「奇をてらってやっているわけではなく、人物の激情を抜き出して考えた」と語っており、今の私たちが観るうえで感情を誘発する最適解がしっかりと示されている。
設定に物語展開、人物描写に映像演出、劇伴。どこを切っても、「平家物語」という巨大な物語の“呪縛”を感じさせないアニメ『平家物語』。
ただそれは各々が好き勝手に遊び散らかしたということではなく、「いまの視聴者に届ける叙情詩」というコンセプトが確立されたうえで、固定観念に縛られずにゴールを目指した結果だろう。だからこそ『平家物語』は、まっすぐに我々の胸に響き、涙腺を刺激する。そしてまた、この物語は新たな翼を得て次代へと飛び立ってゆくのだろう。
『平家物語』や『犬王』に加え、ライトに振り切ったNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や「暗殺教室」の松井優征による現代的なセンス満載の時代劇漫画「逃げ上手の若君」など、中世ブームが来そうな気配もある今日この頃。いまのクリエイターたちのアプローチと共に、「受け継がれる物語」を楽しんでゆきたいところだ。
SYO
映画ライター・編集者。映画、ドラマ、アニメからライフスタイルまで幅広く執筆。これまでインタビューした人物は300人以上。CINEMORE、装苑、映画.com、Real Sound、BRUTUSなどに寄稿。Twitter:@syocinema
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2022.02.20(日)
文=SYO