演劇とは俳優が大げさな身振りで客席に向けてハキハキ話すもの――演劇を生で見たことがない方は、そんな先入観や予断をお持ちかもしれない。しかし、90年代に登場した平田オリザ、岩松了、宮沢章夫といった劇作家/演出家は、大仰で誇張された表現を嫌い、「現代口語演劇」と言われる一分野を生み出した。抑制の効いたタッチから、彼らの作品は時に「静かな演劇」などとも呼ばれる。
この度紹介する玉田企画の主宰・玉田真也は、平田オリザの演出助手を務めたこともある、現代口語演劇のトップランナー。映画やドラマでも実績を残しつつ、劇作家としても創作を続けるそのスタンスは、将来、宮藤官九郎のライバルになるのでは? なんて想像も膨らむほどだ。
また玉田の舞台は、笑いのセンスも突出したものがある。昨今、劇団かもめんたるの上演台本が演劇界で最も権威がある岸田戯曲賞にノミネートされたり、又吉直樹が舞台に立つ予定があったりと、演劇とお笑いのボーダーがこれまでになく融合/融解しつつある。そうした中で玉田がコントのライヴも行ったのはごくごく自然な流れだろう。
そんな玉田企画の最新公演はしかし、純粋な書き下ろしではなく、松田正隆という劇作家が99年に書いた『夏の砂の上』という脚本を使用している。松田もまた、現代口語演劇の実践者のひとりとも目される劇作家で、玉田の演出との親和性の高さは疑いようがない。
主役を務める祷(いのり)キララと奥田洋平、そして玉田の3名に、舞台の行く末を訊いた。
『夏の砂の上』には時代に左右されない普遍性を感じた
――玉田さんは、松田正隆さんの戯曲との出合いはいつ頃ですか?
玉田 10年ぐらい前に平田オリザさんが主宰する青年団という劇団に入った頃、別役実さんとか岩松了さんとか、色々な劇作家の戯曲をいっぱい読んでいて。その中で松田正隆さんの『夏の砂の上で』に特に衝撃を受けたんです。会話劇だけどドラマ性が高くて、読んでいると情緒が滲み出るというか。松田さんの会話劇もいくつか読みましたが、一番気になったのが『夏の砂の上で』でした。
――『夏の砂の上』では、中年男性の治とその姪っ子で16歳の優子を、奥田さん、祷さんが演じます。おふたりを起用したのは?
玉田 奥田さんとは何度か仕事をしたことがあって、かなり早い段階からオファーしようと決めていました。絶対にこの作品に合うだろうと。優子は戯曲だと16歳で独特の雰囲気を持っている役ですけど、そういう俳優が見つからない限りは無理にやってもなあってずっと思っていたんです。その状態でオーディションをやったら、祷さんがきてくれて、「あ、この人は絶対合う!」って思って。
――上演台本には携帯電話が出てこないですが、時代設定はどのように考えましたか? 初演は99年ですね。
玉田 大体ですけど、90年代前半という設定でやっています。ただ、舞台美術や衣装も、90年代のリアリティーを再現しようとは思っていなくて。時代性を再現すること自体はあまり意味がない戯曲かなって思ったんですよ。
――それは、『夏の砂の上で』が時代に左右されない普遍性があるからでしょうか?
玉田 まさにそうですね。今回初めて玉田企画を観る人や、公演に関する情報を何も知らない人にも、新作と同じ感覚で観られると思います。それこそ戯曲自体が普遍的だし、古くならないから。少し内容に触れると、ある人が大事なものを失って崩れていく中で、奇跡的な出会いがあってもちなおす。ざっくり言うとそういう話なので、誰にでも分かる感覚だし、現代性もあると思うんですよ。コロナ禍だから伝わるところもありますし。
――平田オリザさんもそうですけど、松田さんの戯曲の特徴は、脚本だけでは伝わらない行間や余白が多いということでしょうか?
玉田 そうですね。戯曲には書かれていないけど、演出するにあたってシーンとシーンの間で色々なことが起きている。そういう設定で俳優さんたちに演技をしてもらってます。例えば俳優がシーン1と2の間に起きたことを背負った状態で2番が始まって、3番と4番の間にも同じようなことが起きている。その余白の場面をお客さんに想像してもらえるように作っていますね。
2022.01.14(金)
文=土佐有明
写真=山元茂樹