上演中に劇場の向こう側で起きていることを、想像してもらえたら
――治と優子というふたりの主役を含めて、淫靡でエロティックな空気がある戯曲だと感じました。あと、読み進めるうちに段々不穏な気配になってくる。それは上演中の台詞ではあからさまにはされていないけど、端々で仄めかされていますね。
玉田 治と優子の関係がエロティックに見えるというのも、お客さんそれぞれが感じてもらえばいいことのひとつですね。上演中に劇場の向こう側で起きていることを、想像してもらえたらいいなって。例えば「え、なに? 今の不穏な空気」とか感じてもらえる瞬間はきっとあるははずだと思いますね。
――優子と治の関係がずっと気になりますね。優子はファム・ファタール(運命の女性)的でもある。
玉田 祷さんは彼女だからこそ、この役を成立させられたんだなって思いますね。なにげない台詞を言うだけでも、惹きこむ力があります。ただ淡々と台詞をしゃべっているだけでも、物語の世界にお客さんを引き寄せる。祷さんが優子役をやっていなければ、芝居を観た人の印象が全然違うんじゃないっていうくらいで。
――実際に稽古で祷さんの演技を見てみて感じたことは?
玉田 意外だったんですけど、すごく役について考える人でした。今まで出てもらったどの俳優さんよりも質問が多いかも。「こう思ったんだけどどうでしょう? これでどうですか?」とか役について聞いてきてくれて。「あ、こんなにいっぱい考えてきてるんだ」っていうことが多いです。僕も演出しながら自分が思っていなかったことをたくさん言われるから、優子の人物像を考える助けになります。俳優と一緒に人物像を作っていくというのは、すごく新鮮ですしね。
祷 稽古が終わって玉田さんと帰り道で別れたあとに、「あ! これ玉田さんに言いたかったんだ」ということを途中で思い出して、必死で追いかけたんです(笑)。そしたら、私の話が終わるまで立ち止まって聞いてくれて。具体的には、自分の役をどういう風に固めたらいいのかとか伺いました。それも玉田さんだから全部を言おうと思ったんです。これまでドラマや映画の仕事ではすごく苦労したり、迷ったりすることがあっても、全部自分で背負わなきゃって思っていたんですけど、今回は違いました。だから、玉田さんを信じてやってみようと。
――奥田さんは玉田さんと稽古していて、いかがでしょう?
奥田 すごくやりやすいです。例えば、僕が夜中に玉田さんに演技とか演出のことで電話しても、とても丁寧に答えてくれるんですよ。僕のアイディアを受け入れてくれて、それを更に広げてくれる。今まで組んだ演出家で、夜に電話するなんてほぼないんですけど、玉田君は自然に聞いてくれる。親友にも言わないことをたくさんしゃべりましたよ(笑)。
――玉田さんから見て、奥田さんの俳優としての魅力は?
玉田 実は今回の演出は、奥田さんにかなり影響を受けているんです。奥田さんも戯曲の外にある何かを背負って演技をされている方だから。戯曲の裏設定とか、主人公が抱えている物語などを自分なりに考えて演技してくれる。しかも、奥田さんの提案してくれる演技はすごく説得力があるんです。戯曲では省略されている場面を重視しているというか。とても新鮮でした。
奥田 僕が以前所属していたサンプルという劇団は、それに近いことをやろうとしていましたね。少ない台詞でどうやって有機的に何らかのシーンを「起こす」か、という作品をやってきたので。
――ちなみに、玉田さんはいち観客としてはどんなタイプの演劇が好きですか?
玉田 舞台に俳優が出てきた時間が充実している作品ですね。俳優がその場で何かをちゃんと起こしているって言ってもいい。物語自体が面白くても、複数の俳優の中で何かが起きている時間がないと僕は面白く見られないです。たまに、「ああ、これは何も起きない時間が始まった」って感じる芝居があって、そう思うと、2分で飽きちゃって、あとはもうただ耐えて終演を待つだけになってしまう。ずっと何かが起きている芝居なら、2時間たいして物語がなくても見ていられるんです。それはジャンルは関係なくなんですけど。
――何かが起きている、というのは例えば?
玉田 普通に日常生活をしていて、喧嘩があったとするじゃないですか。例えば、僕と(インタビュアーの)土佐さんが喧嘩して変な空気になってしまう。お互いにいやなことをちくちく言って、自分がいちばん言われたくないことを言うとする。それが何かが起きている状態ですね。もしくは祷さんや奥田さんが喧嘩の現場に居合わせたら、すごく居心地の悪い状態が更に起こるじゃないですか。お客さんがそういう「起きた」ことを共有してくれると面白いと思います。
――奥田さんは青年団に所属されていますが、青年団絡みで面白い話があって。青年団の俳優さんが、同じ電車の乗客がしゃべっていることが、青年団の戯曲みたいに聞こえたそうなんです。平田オリザさんの戯曲には特にそういう傾向があるみたいで。オリザさんの演出助手をしたこともある玉田さんの戯曲にも、そこは受け継がれているのかなって。
玉田 ファミレスとか喫茶店でも、他人の会話ってすごく気になりますよね。でも、さっきの例で言うと、ふたりのうしろの人たちが青年団の悪口を言うのが聞こえてきたら、更に気まずい状態になるじゃないですか。ただ、それも何かが「起きている」状態で。そこは拾っていくと面白いですよね。
奥田 分かります。電者の中で、ずっと相槌打っているだけの人が急に雄弁になったりするのを見ると、参考になったりしますね(笑)。
――祷さんは今の話、いかがですか?
祷 その考え自体が新鮮で衝撃でした。そういう風に自分の出る作品と関連付けて考えたことがなかったので。でも、言われれば確かにそうだなって、今思いました。ファミレスでも、ふたりがしゃべっていてひとりがトイレに行った時の状態はなんとなく気になりますし。今の玉田さんのお話だと、お客さんにはちょっとしたことがヒントになるんでしょうね。
玉田 台詞がなくてもできごとが起これば、飽きずに見られますね。起き続けている状態が続けば更にいいと思う。
祷 私はこの舞台、触発されることが多くて。まず、公演が終わったら本をいっぱい読もうと思っています。玉田さんの言う台詞の行間や余白っていうものを、文豪の小説などから読み取れるようになりたくて。そういうことを思ったのはこの作品が初めてで。その意味でもすごく刺激になる舞台だと思っています。
玉田企画
『夏の砂の上』
日時 2022年1月13日(木)~1月23日(日)
会場 BUoY(北千住)
所在地 東京都足立区千住仲町49-11
時間の詳細はHPをご確認ください
料金 前売一般 4,000円、当日一般 4,500円、学生 2,500円、高校生以下 1,000円
2022.01.14(金)
文=土佐有明
写真=山元茂樹