今回はなるべく日本の撮影方法に近い形にしようと決めました

――たしかに全体を通してとても抑えた演出だと感じました。ロングショットが多用され、人の姿を捉えるときも、正面からではなく後ろから映したシーンが印象に残りました。

 今回準備をしながら驚いたことのひとつが、撮影のために用意するコンテ(撮影・演出台本)の作り方が韓国と日本ではまったく違うということでした。韓国では普通、事前にきっちりとコンテをつくって撮影に臨むことが多いんです。私が前作を撮ったときも、事前にお願いしていたコンテ作家の方と相談し、カット割りなどを完璧に決めたコンテをつくって撮影に臨みました。

 ところが日本では、まず現場に行き、その状況や俳優さんたちの動線を確認し、芝居を邪魔しないようにコンテをつくるやり方が一般的なようでした。

 その大きな違いに最初はずいぶん悩んだんですが、今回はなるべく日本の撮影方法に近い形にしようと決めました。リハーサルで俳優さんたちの芝居をまず確認し、なるべく彼らの動きをじゃましないよう、芝居をもとにコンテをつくって撮影に臨みました。細かくカット割りをせず、ロングショットが多くなったのはそのためだと思います。

 それからおっしゃるようにこの映画には後ろ姿がよく出てきますが、私はもともと人物を後ろから撮るのが好きなんです。たとえその人の顔が見えなくても、その人物を演じる俳優さん自身が体で語ってくれるものがある。正面ではなく後ろ姿を見せることで、雰囲気やニュアンスを観客のみなさんに感じ取ってもらいたいのです。

――コンテの作り方がまったく異なるというのはおもしろいお話ですね。コンテ以外にも、日韓の撮影方法の違いを感じるところはありましたか?

 たとえば「ここでこういう撮影をします」と事前に申請をし、撮影許可を取ってから撮影に臨むのはどちらの国でも同じなんですが、韓国では、たとえ許可を取っても現場での状況を見て臨機応変に変更していくのが普通です。でも日本では、一度撮影許可を取ったら基本的には申請したとおりに撮らないといけない。やっぱりこう撮りましょう、と現場で変えることはかなり難しいんです。

 今回、日本での撮影を経験してみて、一度約束したことは絶対に変えてはいけない、日程も決して超過してはいけないというプレッシャーを強く感じました。いつもよりずっと慎重に、いろんな約束を守りながら撮らなければいけなくて、まるで模範生になったような気分でした(笑)。

代を継いで紡がれていく女性たちの物語

――これはユンヒとジュンの物語ですが、それと同じくらい彼女たちのそれぞれの家族であるセボム(キム・ソへ)とマサコ(木野花)のドラマがしっかりと描かれている、その重層的な構造がとても面白かったです。

 おっしゃるように、これはふたりの女性のラブストーリーであると同時に、もっと大きな家族の物語でもあります。ユンヒとジュンは、過去に家族によって心に大きな傷を受けたけれど、その傷がもう一度別の家族によって癒されていく、そういう構成を当初から考えていました。

 長いこと離れ離れになっていたふたりを再び結びつけてくれたのが、ユンヒの娘セボムと、ジュンの叔母マサコなのです。私にとってこのふたりは主人公であるユンヒとジュンと同じくらい大切な存在で、シナリオの初稿の段階からかなり大きな比重を持って描かれていました。

――当初から複数の世代の女性たちの物語として考えられていたわけですね。

 そのとおりです。ですから『ユンヒへ』はラブストーリーであると同時に、フェミニズムの映画だとも言えると思います。母親の世代の女性と、今の若い世代の女性と、代を継いで紡がれていく女性たちの物語なのです。そしてまた、東北アジアの歴史や女性をとりまく環境を描いた映画でもあります。

――韓国では、『ユンヒへ』は小さな規模でつくられた映画ながら公開後には観客から熱狂的な人気を博しました。

 この映画が持っているメッセージやジャンルがみなさんに受け入れられたことが大きな理由かなと思います。それともうひとつ、韓国ではユンヒ役を演じたキム・ヒエさんはとても人気のある女優さんですが、彼女が初めてレズビアンの役を演じたことへの驚きと喜びも大きかったのかもしれません。

――女性同士の同性愛を描いた『ユンヒヘ』は新しいクィア映画と感じます。今、韓国でも性的マイノリティに対して認識が変わってきているという実感はありますか。

 『ユンヒヘ』は紛れもなくクィア映画ですが、アメリカやアジア諸国からつくられている最新のクィア映画と比べると、少し保守的だなと感じる人もいるかもしれません。レズビアンの女性の描き方としては抑えた調子になってますから。でもそれは、韓国社会のスピードを考慮したからなんです。

 変わりつつあるとはいえ、まだクィア映画の歴史が浅い今の韓国ではどういうものにするべきか、そのことが私にとっては重要だったんです。結果、こうして『ユンヒヘ』が多くのみなさんに受け入れられたことは、非常にありがたいことですね。

イム・デヒョン

1986年、韓国生まれ。2016年、突然がん告知を受けることになった中年男性の悲哀を描いた『メリークリスマス、ミスターモ』で長編デビュー。本作は釜山国際映画祭のNTEPAC賞を受賞したほか、多くの映画祭に招待され話題を呼んだ。長編2作目となる『ユンヒへ』は韓国のアカデミー賞といえる2020年青龍映画賞で最優秀監督賞と脚本賞をW受賞した。

映画『ユンヒへ』

公開:2022年1月7日(金)シネマート新宿ほか全国ロードショー
監督・脚本:イム・デヒョン
出演:キム・ヒエ、中村優子、キム・ソヘ、ソン・ユビン、木野花、瀧内公美、薬丸翔、ユ・ジェミョン(特別出演)ほか
2019年/韓国/シネスコ/カラー/105分/5.1ch/原題:윤희에게/日本語字幕:キム・ヨンヒ、チェ・ミンジョン、根本理恵/協力:loneliness books 配給・宣伝:トランスフォーマー
公式HP:https://transformer.co.jp/m/dearyunhee/
公式Twitter:@dear__yunhee

2022.01.06(木)
文=月永理絵