「濱口さんは自分が書かれた言葉を絶対的に信頼しているんだと思います。だからこそセリフは一字一句変えずに棒読みで覚えて、あとは言葉が引き出してくれる感情に身を任せてほしいと言うんでしょうね。実際、セリフを素直に口にし、相手のリアクションにその都度自然に反応することを繰り返していると、表情や体の動きや目線も含め、私の作為のようなものが徹底して削ぎ落とされていくんです。出来上がった作品を見て『私ってこういう顔で話すんだ』『こういう表情をするんだ』と驚きました。これほど芝居に無意識な自分が出るのは初めての体験でした。

 長く仕事を続けていると、良くも悪くも現場慣れしてきて、自分の演技を俯瞰的に見たり、監督の意図を考えながらお芝居をする部分がどうしても出てくるんです。一番伝えたいのはどこか、そのためにはここを引き立たせよう。でも濱口さんは絶対にそれをやらせてくれない。『偶然と想像』の撮影は、自分をもう一度お芝居の基本に立ち返らせてくれた、ご褒美のような時間だったなと思います」

 聞いていると、この映画がいかに俳優と監督の信頼関係によって成り立っているのかがよくわかる。演じることの新たな可能性を追求する濱口監督は、俳優にとってどのような存在なのだろう。

「私は『天国はまだ遠い』の頃からただ監督の大ファンなんです(笑)。今回の現場でも濱口さんは常に勉強して新しい何かを開発しようとしているんだと感じました。自分の何かを引き出してほしいとかではなくて、濱口さんがこれから何を見つけるのか、どんな作品を作るのかをずっと見ていたい。そしてできれば自分もそこに関わっていたい、ただそれだけなんです」

ひょんり/1986年生まれ。2014年の主演映画『水の声を聞く』(山本政志監督)で第29回高崎映画祭最優秀新進女優賞を受賞。主な出演作に『スパイの妻』(20/黒沢清監督)、『脳天パラダイス』(20/山本政志監督)など。

INFORMATION

映画『偶然と想像』
12/17(金)Bunkamuraル・シネマほかロードショー
https://guzen-sozo.incline.life/

2022.01.04(火)
文=月永理絵