痛快なヒロイン像でなくても、評価が高まる理由

 とりわけ素晴らしいのが声でその心の揺らぎを表現する演技で、歌手としても高い評価を受ける上白石萌音は自分の声を実によくコントロールして演じる。

 昼の太陽や蛍光灯のように煌々と闇を照らす明るさではなく、夜の嵐の中で蝋燭の炎がいまにも吹き消されそうに揺れる、その周囲に翻弄される上白石萌音の揺れる声の演技は、この時代の困難さをよく表現できている。内面の情熱の炎を感じさせる強さと、周囲に翻弄される受けの芝居の対比は、安子という複雑な女性像を多面的に描き出していた。

 上白石萌音が演じる安子は、痛快な共感を呼ぶヒロインではない。だが、第1部の主人公として、厳しい社会に敗れていくその姿を演じた力量は、かえって若手俳優としての評価を高めたと言っていいだろう。

 来年には最も対照的なタイプである橋本環奈とのダブルキャストで『千と千尋の神隠し』の舞台に立つ。その幕が上がるころ、『カムカムエヴリバディ』は物語の終盤を迎え、序盤に打たれた安子の敗北という駒が全体にどう生きるか、その定跡を外れた奇手への評価も改めて定まるはずである。

 この物語はその結末で安子の敗北を抱きしめることができるのか、先の明かされない異例の朝ドラからは目が離せない。

2021/12/22 11:19……「新海誠の次回作への声の出演も決まり」との記述がありましたが、『すずめの戸締り』のキャストは未定でした。読者からの事実誤認の指摘を受け、お詫びして修正します。

2021/12/22 13:01……「オフィシャルガイドブックでは通常なら半年分先取りで明かされるはずのあらすじ」との記述がありましたが、正確には「3ヶ月分ほど」でした。読者からの事実誤認の指摘を受け、お詫びして修正します。

2021.12.25(土)
文=CDB