「言いたいことがうまく言えない」「思うように伝わらない」「相手の意図が分からない」……。日本語が母語だったとしても、その文法を完璧に理解し、使いこなしている人は少数派だろう。
気鋭の言語学者、川添愛氏は著書『ふだん使いの言語学 ―「ことばの基礎力」を鍛えるヒント―』(新潮選書)のなかで、具体的な例をあげながら、そうした日本語の奥深さを解説している。ここでは同書の一部を抜粋し、人気漫画『ONE PIECE』の名台詞に隠された日本語表現の技術について紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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日本語の「かきまぜ」はどこまで許される?
よく知られているように、日本語の語順は「述語が最後に来る」ということは決まっているものの、「が(は)」「に」「を」などの付く名詞(句)の語順にはかなりの自由度がある。以下に見られるように、同じ意味を述べる文にも、名詞(句)の語順によってバリエーションがある。
俺は海賊王になる。
海賊王に俺はなる。
このように、「●●が(は)」「●●に」「●●を」などが比較的自由な語順で現れることを、言語学では「かきまぜ現象(scrambling)」と呼び、かきまぜ現象のみられる文を「かきまぜ文」と呼ぶ。おそらく「海賊王に俺はなる」は、日本で一番有名なかきまぜ文ではないだろうか(よくご存じない方のために申し上げておくと、これは人気漫画『ONE PIECE』の主人公ルフィの台詞である。私自身『ONE PIECE』は読んだことがないのだが、この台詞だけは知っている)。
かきまぜ現象は、多くの言語学者を惹きつけてきた現象だ。とくに「どんな『かきまぜ』が、どの程度許されるのか」ということは、大きな問題の一つである。この点は、言語学者でなくとも多くの人に関係があるかもしれないので、簡単に解説しておこう。
「海賊王に俺はなる夢を追いかけた後、地元に戻った」?
たとえば次の三つのペアはどれも先ほどの例と同じく、一文目では「●●は ●●に」という語順になっており、かきまぜ後の二文目では「●●に ●●は」に入れ替わっている。それぞれのペアに対して、皆さんはどのように感じられるだろうか?
2021.12.16(木)
文=川添 愛