「【C】→【G7】→【C】」─これは、音楽の授業の前、先生がピアノで弾く「起立→礼→着席」のコード進行。この場合のキーはもちろん【C】で、主和音も【C】。だから最後の主和音【C】で生徒は落ち着いて「よっこらしょ」と席に座る雰囲気になるわけだ。

 

ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』との共通項

 そう、この「よっこらしょ」感が、この曲にはないのだ。最後の最後「♪今ならもっと」で、ようやっと【F】という主和音に落ち着くが、それも一瞬。その後もフラフラッとコードが変わっていく。

 この感じ、どこかで聴いたことがあるなと思い返してみると、ビーチ・ボーイズの名盤『ペット・サウンズ』(66年)が浮かんだ。

 「ルート(筆者註:コードの根音)に向かうことを執拗に避け続けるベース・ライン」─これは、山下達郎が書いた同アルバムのライナーノーツ(名文)で挙げられた『ペット・サウンズ』の音楽的特徴の1つなのだが、これは、落ち着かない=「よっこらしょ」感がないという意味で、「決して主和音に行かないこと」と音楽的に近しい意味を指す。

 ここで《笑顔の行方》のクレジットに目を移すと「作曲:中村正人」。『ペット・サウンズ』の首謀者であるブライアン・ウィルソンと同様に、「ベーシストが作曲した」という共通項を発見するのだ。

 ギタリストやピアニストに比べて、ベーシストは低音から、つまり下から音楽を支えている。ベースの音1つで、曲の表情が微妙に変わるということを熟知している。そんなベーシストならではの、「下から目線」の繊細なコード感覚によって、《笑顔の行方》は作られたのではないだろうか。

 しかし、そんな風変わりな曲が、吉田美和の圧倒的ボーカルと、チャーミングなルックスによって、44.6万枚売り上げたのだから時代は変わった。この曲のMVを今回、30年ぶりに改めて見て、「ドリカムとは、まずは吉田美和のルックスだった」と痛感した。

 さぁ、EPICソニーから丸山茂雄がいなくなり、ドリカムがやってきた。

 90年代がやってきた。

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2021.11.23(火)
文=スージー鈴木