あと、雨に降られて大変でした。去年の6月に撮影に向かったら、ずっと雨だったんですよ。晴れないと草刈りをしないので、そのシーンが撮れなくて。撮らないでボーッとしてるのもなんだし、せっかくだから酪農体験させてくださいと申し出て、手伝わせてもらいました。そうしたら、その後、牛たちの僕に対する態度が明らかに変わったんですよ。牛は好奇心が強いから、よそ者に近づいてくる。最初の頃は、牛が僕に寄ってきて大変でした。でも、乳搾りしてからはまったく寄ってこなくなった。肌で触れ合ったことで、「この牧場の人間だ」と認めてくれたのかなと。

――やっぱり、そっちのほうが撮影するには。

 いいですね。自然な画が撮れますから。ただ、「一頭くらいこっち向いてくれよ」と思う時もありましたけど。最初のシーンの明け方の牧場は、撮影のスケジュール的には最後の方で、牛たちも僕に慣れまくっているから、見向きもしてくれなくて。「おーい! ベベベベベッ!」って必死に呼んで、一頭だけこっちを向いてもらえました(笑)。

徹夜で撮影した“出産シーン”

――本書のクライマックスは、牛乳が出来る始まりでもある仔牛の出産の場面になると思います。こちらの撮影も大変だったのではないかと。

 牛って、出産予定日の前後各10日間に産むことが多いそうなんです。他の仕事もあるから20日間も牛に張り付けるかなと思いつつ、いつ生まれるかわからないし、生まれなかったら出来ない本なので。最終便で釧路空港に着いた時に、産気づいている牛がいると教えてもらって、慌てて牧場に向かいました。その日はとても激しい雨が降っていました。動物はだいたい雨の夜に産むらしいです。なぜなら、雨が降ると臭いが消える、音が消える、他の動物も動いていないので安全なんだとか。

 牧場の方に「今晩には生まれるから、撮ったらいいよ」って言われて、準備しようとしたら「じゃあ!」って僕一人残して帰っちゃったんですよ。「いやいやいや、ちょっと待ってくれ」って(笑)。「帰るんですか? なにかあったらどうするんですか?」って聞いたら、「なにかあったら、朝やるから」「引っ張ったりとかは?」「しないしない」「えー!」ってなって。で、僕は産気づいている牛をずーっと見ていることにして。苦しんで立ったり座ったり。破水したらすぐに産まれると言われていたから。

2021.08.25(水)
文=平田裕介