“コロナ禍”が始まって1年が過ぎた。日常の様々なことが劇的に変化した中、とりわけ大きな変化の一つに、「マスク着用があたり前になったこと」がある。

 日本人はコロナ前から比較的マスクに親和性のある国民だったが、それでもこれだけ長期間の連続装用は、多くの人にとって初体験だったはずだ。

 感染症対策としてのマスクの効用は周知のとおりだが、一方で“副反応”を危惧する声もある。今回は歯科領域から指摘されている「ぽかん口」について――。

気がつくと、マスクの中で口が開いていたりしませんか? ©iStock.com
気がつくと、マスクの中で口が開いていたりしませんか? ©iStock.com

“ぽかん口”とは

 以前この欄で、長時間のマスク着用で口の周囲の皮膚が荒れる人の話を書いた。口腔内の細菌がマスクの内側で繁殖して、皮膚に炎症を起こす人が増えている――という「皮膚科発」の話だ。

 今回は「歯科発」の話題。

 マスクの連続装用を背景に、口腔機能に問題が生じ始めているというのだ。その問題とは、“ぽかん口”。日本歯科医師会常務理事で歯科医師の小山茂幸氏が語ってくれた。

小山茂幸歯科医師
小山茂幸歯科医師

「“ぽかん口”とはその名の通り、口をぽかんと開けたままの人をさします。人は通常、口を閉じた状態で過ごしていますが、マスク、特に不織布マスクを着けていると呼吸がしづらいため、無意識のうちにマスクの下で口を開けたままになる人が多いのです」

 前述の通り、長時間のマスク着用は皮膚炎の温床になりかねないが、歯科や口腔外科領域でも色々な問題が生じてくる。

「まず、子どもの“ぽかん口”は、口腔機能の発育を遅らせる恐れがあります。口の周囲の筋肉が正常に発達しないと、マスクをしていなくても口を開けたままでいるようになり、口の中が乾いて感染症にかかりやすくなる。成長途上の子どもであれば歯並びが悪くなり、特に“出っ歯”になる危険性が高まります。そもそも歯並びが悪くなると歯みがきの質も低下しやすくなるので、う蝕(むし歯)や歯周病にもなりやすい」(小山氏、以下同)

食べ物の固さと筋肉の発達

 と、こう書くとまるでマスクが悪者のように聞こえるかもしれないが、すでに触れたとおり、マスクは感染症対策として重要な役割を担っているのは事実。“ぽかん口”を避けるためにマスクを外せ、というつもりはない。マスクをしながら、それでいて“ぽかん口”を避けるにはどうすればいいのだろう。

「おかあさんやすめ」というフレーズをご存じだろうか。これは軟らかい食べ物の頭文字を並べたもの。

・オムライス
・カレーライス
・アイスクリーム
・サンドイッチ
・やきそば
・スパゲティ
・目玉焼き

 これとは別に「ははきとく」というのもあるらしい。

・ハンバーグ
・ハムエッグ
・ぎょうざ
・トースト
・クリームシチュー

「き」を「ぎょうざ」で処理しているあたりに作者の苦労がしのばれるが、「軟らかい食べ物」であることを訴えんとする熱い思いは伝わってくる。

©iStock.com
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「休め」と言われたり「危篤」にされたり、おかあさんも大変だが、こうした軟らかいものばかりを子どもに与えることが、“ぽかん口”のベースにある、と小山氏は指摘する。

「小さな子どもに、良かれと思って軟らかいものばかりを食べさせていると、口の周囲の筋肉の発達が遅れて“ぽかん口”になりやすいのです。平常時なら『口を閉じなさい』と注意もできるけれど、マスクをしていると見えないのでそれもできない。つまり、“おかあさんやすめ”と“コロナ禍”の相乗作用で、“ぽかん口”のリスクが大きく上昇しているのです」

 それなら、乳歯から永久歯に生え変わる段階で硬い食べ物に移行すればいいじゃないか、と考えるかもしれないが、対策は早い方がいい。

「乳歯のうちに『前歯で切断し、奥歯ですり潰す』という本来の咀嚼を覚えないと、嚙み切る能力が育たないばかりか、使わない機能は退化していく。乳歯のうちに咀嚼機能を身に付けられるか否かは、その後の成長に大きな影響を及ぼすことになるのです」

 人間の子どもと動物を並べて語ると叱られそうだが、わかりやすいたとえなので許してほしい。

「野生のサルと動物園のサルの歯を比較すると、野生のサルのほうが圧倒的に歯周病は少ない。飼育されたサルは何らかの“調理”をしたエサが与えられるのに対して、野生のサルは何の処理もされていないものを食べている。つまり“硬いもの”ばかりを食べているのです。硬いものを食べればそれだけでも歯の汚れが落ちるし、顎の力が強くなるのでさらに硬いものも嚙み砕けるようになるのです」

2021.03.23(火)
文=長田昭二