ーーアスリートの方々と真摯に向き合って学んだ思考法をご自身のライフスタイルに取り入れてきたそうですが、彼らも松岡さんの前向きな姿勢から影響を受けている様子はありませんか?

松岡 相手になにかポジティブなものを与えようと考えたことはないですし、与えていると感じたこともないですね。

 選手にインタビューしていていつも感じているのは、彼らは僕に話しているんじゃなくて、自分自身に向けて話しているということ。「こういうふうに考えていた」「実はあの時、こうでした」と、これまで言葉にしてこなかったことを吐き出しながら「こう思えば、前向きになれるんだな」「だったら、あの時はこうやっておけばよかったんだな」と自己解決しているのがわかるんですよ。

 自分のネガティブな部分を語りながら、それをポジティブなものに切り替える方法を探し出している感じでしょうね。だから、僕のほうから「こうしたら?」なんてことは一切言わないです。

大坂なおみの前でローソクに火をつけた

ーー松岡さんならではの語感といいますか、言葉に対するセンスも今回の著書の魅力になっています。大坂なおみさんの章で、彼女にインタビューした際に彼女のことを“なおみキャンドル”と名付けたと書いています。《キャンドルに炎が灯っているときは誰も手をつけられないほど強いが、自分のプレーがうまくいかなくなると、その炎は大きく揺れて消えそうに》なる感情の起伏から取ったネーミングとありましたが、ご本人の反応はいかがでしたか。

松岡 2018年にインタビューさせていただいた際には、ちゃんと自分でローソクを用意して持っていきました。“なおみ”と書いたローソクに火をつけて、「なおみさん、僕はあなたをこのローソクにたとえました。あなたはいきなり試合中にフッと自分で炎を消してしまいますよね。この炎をずっと保っている時はメチャクチャ強いのに、どうして消しちゃうの?」と訊ねました。

ーー大坂なおみさんはどうお答えになったんですか?

松岡 僕の持っているローソクの火を吹き消しました。いきなり、フッと。

ーーお茶目ですね。

松岡 そうなんですよ。なおみさんらしい感性がすごく良くて。ずっとその炎を保ってもほしいのですが、消えるときがあるからこそ、保った時の力のスゴさを感じることができますし、そうした感情の起伏が彼女の人間的な魅力にもなっているわけですから。

 ずっと保っていたら機械みたいなものですよね。「この人は絶対崩れません」みたいな人は、人間らしさや共感できる部分がなくて見ていても面白くないのではないでしょうか。キャンドルのように消えたりついたりする部分に彼女の良さを一番感じたからこそ、“なおみキャンドル”と名付けたんです。

2021.01.28(木)
文=平田 裕介
写真=鈴木七絵/文藝春秋