#212 Inasa no Hama
稲佐の浜(島根県・出雲)
1日の終わりを飾るサンセットは、毎日繰り返されることだとわかっていても、感動を呼びます。日々の暮らしの中でも日没時は、ふと足を止めて見入ってしまうことも。
そんなサンセット、ここ出雲では古来より神聖視される、特別なものなのです。
「ばんじまして」
これは、出雲ならではの方言で、「こんにちは」と「こんばんは」の間の、夕暮れに交わされる挨拶です。ひとつの言葉が生まれるほど、この地では日没が特別であることがうかがわれます。
古来、政権を担っていた大和は北西に位置する出雲を、「日が沈む海の彼方の異界につながる地」として、日没の聖地とみなしていました。
日が沈む方角のみならず、『古事記』や『日本書紀』に記されている“国譲り(くにゆずり)の神話”からも、出雲は“日が沈んでいく異界”と“地上世界”のつなぎ目だったようです。
国譲りの神話の舞台となったのは、出雲の稲佐の浜。
日本海に面した約13.5キロ続く浜で、「日本の渚100選」にも選ばれています。“国譲りの神話”において、神々たちのやりとりが行われたのは、稲佐の浜のうち、ちょうど出雲大社から見て西に位置する弁天島あたりでした。
天上にいる天照大神(あまてらすおおみかみ)は、大国主大神(おおくにぬしのみこと)が立派に造り上げた出雲国を見下ろし、ふと思いつきます。「自分の子孫に継がせたい」と。
天照大神は、その意図を伝えるために建御雷神(たけみかづちのかみ)を使者として地上へ送りました。そして大国主大神に直談判したのが、稲佐の浜でした。
紆余曲折がありましたが、大国主大神は天照大神が暮らす天上の社と同等の規模である、社(出雲大社)の建立を条件として、出雲国を譲ることに合意。
そして大国主大神は出雲大社(『日本書紀』では、夕日にちなんで「天日隅宮」と記述)を手に入れ、目には見えない世界を司ることになりました。
こうして地上とは違う世界をまとめる立場となった大国主大神。
旧暦10月10日には八百万の神々を招集して、会議(神議り<かむはかり>)を行い、男女関係や収穫量など、あらゆる“縁結び”について話し合います。
この会議のために全国の神が上陸するのが、稲佐の浜。神々を迎える日には、厳粛な神事“神迎祭”が執り行われます。
2021.01.02(土)
文・撮影=古関千恵子