食は人の営みを支えるものであり、文化であり、そして何よりも歓びに満ちたものです。そこで食の達人に、「お取り寄せ」をテーマに、その愉しみや商品との出会いについて、綴っていただきました。第3回は「週刊文春」でエッセイ「この味」を連載しているエッセイスト・平松洋子さんです。
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「千本ノックが来た!」
小包をふたつ受け取るようになって、4年ほど経つ。
じっさいにバットやボールを持って「千本ノック」の洗礼を受けたことはない。でも、小学生と高校生のとき合計3年ほど水泳部に入っていたので、似たような経験はある。ストップウォッチを握って仁王立ちになっている部活の顧問が、プールサイドで叫ぶ。「50メートル、ダッシュで5本」とか、「バック(背泳ぎ)を流しで200、そのあとダッシュで200」とか。とにかく、つらい。半泣きになり、口で言うだけでいいよなとムカつくのだが、ほかの部員は平然としている(ように見える)ので、やけっぱちな気持ちのまま、とりあえずプールの壁を蹴って泳ぎだす。
これが、わたしにとっての「千本ノック」の記憶だ。10代のころ、スポーツは水泳しかやらなかったけれど、何十年立っても、あのとき鍛えてもらったという実感が消えることはない。
たったいまの「千本ノック」の話に戻ろう。
小包は決まって月末、2日続けて届く。ひとつは北海道から、もうひとつは岡山から。まったく偶然なのだが、どちらも同じサイズの小さな紙箱なので、たたみかけられる重複感がインパクトをいっそう盛り上げる。
まず29日、“ニクの日”に受け取るのは短角牛の肉だ。
北海道で一軒だけ、襟裳岬で短角牛を放牧して育てる牧場の牛肉である。合計400グラムほどのヒレ2枚かサーロイン一枚が毎月交互に届くように頼んでいるのだが、もちろん全国あちこちに“ニクの日”を楽しみにしているお客がたくさんいる。わたしは、4年前に取材に伺って以来のおつき合いだ。
すぐ翌日、30日に届くのが、岡山の蒜山高原でフェルミエを営む牧場のチーズである。
Yさん一家が営むフェルミエは、放牧して育てた牛の乳を搾り、自分たちの手でチーズをつくって売る。友人の紹介で始まった10年来の付き合いだが、岡山県北部に位置しているので、鳥取や島根に行く前後に遊びに行ったり、泊まり込んで仕事をみせてもらったり、次代を担う息子さんが結婚して子どもが生まれたり、2世代の家族とチーズの歩みの両方をずっと間近で見てきた。もちろん牛たちも、フェルミエのだいじな従業員だ。届く小包みの中身は、そのときどきの都合に合わせて、フレッシュチーズと加熱圧縮タイプを3種類ほどのセットのときもあれば、でかいカチョカバッロ1個だけのときもある。受け取ったチーズを1ヶ月のあいだに切り出して食べるのが、我が家のチーズ生活のサイクルになっている。
2020.10.21(水)
文=平松洋子