ステーキ丼なるものを初めて作ってみた
短角牛の肉もチーズも、遠方から送られてくるのだから、たしかに「お取り寄せ」の品である。しかし、毎月の楽しみではあっても、贅沢やエンターテインメントとは少しちがう。小包みを開けて中身を手にするとき、本音をいえばちょっと緊張する。これは遠方からわざわざやってきたもの。家族総出で、手塩にかけてつくったもの。けっして安くはない配送料は、受け取る側の責任のしるし。冷蔵庫にしまいながら、北海道や岡山での仕事を思い浮かべる。
「千本ノック」の記憶がちくちく疼くのは、遠くの土地から運ばれてきた肉を、チーズを、もっとおいしく食べてやろうと腕まくりしたがる食い意地のせい。「50メートル、ダッシュで5本」を自主練習する気持ちに似ている。わざわざ取り寄せるのだから、ぶつかり稽古の相手として文句なし。つい先日は、ステーキ丼なるものを初めて作ってみた。短角牛のヒレ肉を焼き、いったん取り出して、熱いフライパンに飲み残しの赤ワインと醤油を加えて煮つめ、もう一度肉を戻してからめる。ご飯をよそった上に細切りにした肉をのせ、黒胡椒を挽いてかけると、びっくりするくらいうまかった。さっき「贅沢やエンターテインメントの気分は薄い」と書いたけれど、前言を撤回したい。ありがたさも責任感も贅沢やエンターテインメントも、ぜんぶひっくるめて興奮や達成感に変えてくれるのだから、地元の肉屋さんで買ったのとはちがうスケール感だ。そもそも配達してもらった時点で、テンションはいや増している。
北海道、十勝清水「コスモスファーム」のコンビーフを初めて取り寄せたときも、優しいブルーの缶詰を手にした瞬間、じわっと伝わってくるものがあった。たぶん長い付き合いになるはず。予感といっしょにキャベツと炒めると、北海道・日高山脈の裾野ですこやかに育った牛が存在感をともなって舌の上に広がる。冬場はマイナス30度まで下がる、きびしい自然環境で育まれた味。コンビーフをつうじて土地を感じるなんて、初めての経験だった。つぎのひと缶はどんなふうに料理しようか。うれしい「千本ノック」が待っていた。
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2020.10.21(水)
文=平松洋子