その世界観に思わず引き込まれる、天草ボタン

 天草にはほかにも、女性が作るスペシャルなアイテムがある。

 「天草ボタン」は、作家のINOUE YUMIさんが手がける、磁器製のボタンだ。

 そこに描かれているのは、教会に見守られる小さな漁村やシスター、のんびりくつろぐ猫、海に出ていく船。小さなボタンを洋服につけたとたん、雰囲気ががらりと変わる。

 ブランド名の「+botão(ボタオ)」は、ボタンを意味するポルトガル語が由来。

 天草には、16世紀中頃にポルトガル人宣教師が訪れて以降、南蛮文化が花開いた独特の歴史がある。

 原料は、白さと強さが特徴の天草陶石。これを粉砕して水と混ぜた粘土で型をとり、素焼き、下絵付け、2日以上に及ぶ本焼きという工程を経て完成する。

 1つのボタンが完成するまでに必要な日数は、少なくとも1週間。窯元で仕上げに行う本焼き以外は、全てYUMIさんによる手作業だ。

 かつて東京でファッションやデザインの勉強をしていたYUMIさん。故郷の天草に帰り、洋服のデザイナーとして活動を始めようとしていた頃、天草陶石のボタンをひらめいたのだとか。

 ボタンを見て思い出すのは、旅の途中で眺めた、天草に穏やかに流れる時間や風景。「東京から天草に帰って初めて、故郷の景観や文化の美しさに気づきました」とYUMIさん。

 ほのぼのとしつつも繊細なデザインは、描く筆の速さや筆圧、染料の粒子の細かさなど、すべてが緻密に計算されたもの。

 型を作るときも、その日の湿度や気温により、焼き上がりの収縮を予測しながらサイズを微調整する。

 こうして完成する天草ボタンはとても丈夫。天草陶石そのものが強いことに加え、「何十年も使って欲しい」という思いから、ボタンのつけ心地やはめ心地を考えて型を作り、糸穴は糸が擦り切れないように処理を施しているからだ。

 天草ボタンは、天草下田温泉のホテル「石山離宮 五足のくつ」のセレクトショップと、世界文化遺産でもある﨑津集落の寿司店「海月」でのみ購入可能。

 デザイン違いでいくつも欲しくなってしまうけれど、手仕事ゆえ大量生産は不可能。だからこそ大切にしたい、とっておきの旅のお土産だ。

2020.05.04(月)
文=芹澤和美
撮影=鈴木七絵