『髪結新三』は初心者でも
分かりやすい言葉遣い
歌舞伎の演目には武士の世界の出来事を描いた「時代物」と町人たちが繰り広げる「世話物」とがあります。
梅枝さんが出演されている11月の昼の部『髪結新三(かみゆいしんざ)』は世話物で、七五調のせりふも耳に心地良い人気作です。
「歌舞伎は言葉が難しいのではないかと思われがちですが、『髪結新三』のなかで交わされている会話はごくごく普通の言葉。ですから初めての方でも気楽にご覧になれるのではないでしょうか」と梅枝さん。
経営危機に陥った商家のひとり娘・お熊に、資産家との結婚の話が持ち上がったことから騒動となる物語で、梅枝さんが演じるのは、黄八丈の着物姿も愛らしいお熊です。
「ところがお熊は忠七と相思相愛の仲。忠七というのはお店の手代で、要するに社長の娘と社員との恋です。そこに物語の主人公である新三が現れて、一緒になりたいなら二人で逃げればいいとそそのかすのですが……」
新三は実は悪い人だったのです。
「歌舞伎では悪人が主人公の話も多いのですが、この芝居もそのひとつ。といっても新三は残忍な大悪党ではなく小悪党で、自分よりも強い立場の人にも平気で喧嘩を売るような人物なんです。身分制度が厳しかった江戸時代、庶民は言いたいことも言えないのが普段の生活です。だから当時の人は威勢のいい新三の姿を見てスカッとしていたのではないでしょうか」
なるほど。親分と言われる人に啖呵を切り、強気で向かっていく新三を演じる尾上菊五郎さんのカッコよさといったら!
お熊が夢中になる忠七を演じているのは、梅枝さんのお父様である時蔵さんなのですが、歌舞伎では恋人同士を親子で演じることは珍しくありません。それが違和感なく成立してしまうのも歌舞伎の不思議なところです。
上演中の『髪結新三』は梅枝さんの女方姿に触れ、このお芝居の世界観に浸り、歌舞伎的世界を初体験するにはまたとないチャンスです。
濃密な劇空間が広がる『阿古屋』は
豪華な衣裳、美しい所作にうっとり
これ以上はないほど豪華な衣裳に身を包んだ傾城阿古屋が、劇中で琴、三味線、胡弓を生演奏する『壇浦兜軍記 阿古屋』が上演されるのは「十二月大歌舞伎」。
心技体がひとつとなった高度な技術が必要とされる阿古屋を、梅枝さんが中村児太郎さんと共に坂東玉三郎さんから受け継ぎ、三人によるトリプルキャストで上演されたのは昨年12月のことでした。
それから1年。他にたとえようのない濃密な劇空間が再び歌舞伎座に広がります。
梅枝さんはさらに娘役の大役とされる『神霊矢口渡』のお舟にも初挑戦。さらに児太郎さんと『村松風二人汐汲』を踊り、グリム童話の白雪姫をベースとした新作歌舞伎『本朝白雪姫譚話』には鏡の精で出演されます。
盛りだくさんの12月公演については今後の梅枝さんへのインタビューで詳しくお届けいたします。
2019.11.16(土)
文=清水まり