【今月のこの1枚】
重要文化財
『佐竹本三十六歌仙絵 小大君』
平安のやんごとなき
人々の姿に目を凝らしてみる
古来日本では、和歌が文化の中心でした。一流の人間として然るべき地位に就くためには、歌の心を解し、求められれば一首さらりと詠むくらいの芸当が必要だったのです。
とりわけ優れた詠み人は「歌仙」と呼ばれ尊崇を集めました。平安時代には公卿の藤原公任が、36人の歌仙をセレクトした『三十六人撰』を著します。そこには柿本人麻呂、小野小町、在原業平……。日本文学史上のスーパースターが、ずらり名を連ねていました。
このセレクトをもとに36人の歌と姿を留める絵巻が、後世しばしば作られることとなりました。その最古例の一つが、鎌倉時代の《佐竹本三十六歌仙絵》です。
日本の歴史をたどる重要史料であるとともに、これは肖像表現としても眼を見張るべき優れた例です。よく知られるとおり、日本の絵画はたいていの場合、極めて平面的な描かれ方がされます。影を付けたりすることはなく、ものの厚みを表そうという気がありません。画面の中に現実の三次元世界をそっくり写し取ろうとはしていないのです。
そのため着衣や顔はのっぺりとして、一見それぞれの区別がつきづらい。現代の私たちの目からすると、ずいぶん定型的だなとも感じられます。三十六歌仙絵それぞれの人物像も、例外ではありません。
ですがよく見ると、一人ひとりの姿勢、しぐさ、身体の傾き具合、表情が少しずつ違うことに気づきます。それにより人物の個性や、併載された歌の趣意がよく表されます。
ほんの小さな操作によって個性を出せるというのは、すさまじい描写技術と観察眼ゆえ。目を凝らして小さな差異を読み解いていくことの大切さを、改めて教えられる思いです。思えば私たちだって日頃、目尻や広角の上がり下がりといった小さなシグナルを観察することによって、相手の心情を推し量ることをしているはずですからね。
《佐竹本三十六歌仙絵》は20世紀になって、歌人ごとに切り分けられ散逸してしまいました。今展ではバラバラになったそれらを可能なかぎり集めて展観しようというもの。
観比べてみれば、やはり華麗な着物に身を包んだ女性の肖像は強く目を惹きます。右に掲げた「小大君」をはじめ、平安の人々の心情にぐっと近づいてみたいところです。
『佐竹本三十六歌仙絵 小大君』
選りすぐりの和歌の詠み人を描いた名品《佐竹本三十六歌仙絵》はもともと二巻の絵巻物。大正時代に分割されてしまったものを、できるかぎり集めて一堂に展示。日本王朝美術の粋を細部までじっくり味わいたい。
会場 京都国立博物館(京都・東山)
会期 2019年10月12日(土)~11月24日(日)
※会期中一部の作品は展示替あり
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 075-525-2473
https://kasen2019.jp/
2019.10.17(木)
文=山内宏泰