『夏物語』で一番人気の
キャラクターは?

熱いトークが繰り広げられるなか、全員が川上氏の言葉にくぎ付け。
熱いトークが繰り広げられるなか、全員が川上氏の言葉にくぎ付け。

花田 一番の人気キャラ恩田(個人で精子提供をしている男性)について話しますか?

新井 恩田の精子で誰かは産んだわけですよね。それでかわいいかわいいって言っているんですよね。そう思うと恩田のこともそうそう嫌いになれないと思いました。

川上 この小説を書く時に直接人に会って取材はしなかったんですが、資料はたくさん読んで。女性側の自分の子供に会ってみたいという気持ちはわかるんですけど、精子バンクに登録したり、恩田みたいに個人で精子提供している方の動機ってどんななんだろうと。そこは今も興味深いですね。

 確認できない子どもの存在とか、妊娠とかを、本当のところはどういうふうに感じているんだろうか。

花田 どう受け止めてるんでしょうね。

川上 うん。無償で精子をあげたいって人って、インタビューを読む限りでは、「純粋な人助け」ってみんな判で押したように答えるんです。

 自分の遺伝子を残したいとか、間接的にでも父になりたいとか、そういうことは言わなくて、あくまで目の前にいる困った人を助けるボランティアなのだと。

花田 本当に恩田みたいな歪んだ征服欲があったとしても、それを取材では答えないだろうし。

川上 恩田については本当にいろんな感想をいただいていて(笑)。女性の多くは「恩田やばい」「ありえへへんやろ」「あんたあの箇所、悪ノリしすぎや」という感じなんですが(笑)、男性の意見は二つに分かれたんですよね。

 「けがらわしい。同じ男と思ってくれるな」って一線を引く人と、「俺たちはみんな恩田なんだ。俺の中にも恩田がいる」って言う人。

会場 (苦笑)

川上 後者の人に、もっと聞かせてくださいって言ったら、やっぱり夏子のような人が目の前にいて、その弱っている理由が自分の能力とか、采配しだいでなんとかなるかもって時に、どうしても発動してしまう支配欲みたいなものが、ほとんどの男の人にはインプットされていると思うって。

 でも、夏子じゃダメなんだって、緑子がたまらないんだって。

 あと、登場人物の人気でいうと、男女問わず、みんな緑子が大好きって言ってくれる。とくに男性はそうだけど、とにかくもう、これは昔からなんですが、緑子の人気が圧倒的にすごいんです。
 

花田 怖い怖い……。

川上 緑子は内面には言葉が溢れていて、自分の言葉を持っていて、想いが充実しているのに、言えない。自分で自分に抑圧をかけてる。そういうキャラクター造形がたまらないのだと。じゃあ「私のイチオシ、善百合子は? 」って聞いたら、「なんか、完成され過ぎちゃってて……」って(笑)。

花田 未映子さんの本を読むような男性であっても、ってことですよね。ご自身で加害性を自覚されていることは素晴らしいとは思うんですが。

川上 理想と自分が惹かれるものは別で──。つまり、正しさと欲望って、多くの場合は一致しないんですよね。正しさとかそういうのとはべつに、仄暗さとか劣情とか自分の「えっ」って思う部分が喚起されたり……。現実でそういうことが起きるとまたべつの対処が必要になってくるけど、読書しているぶんにはそこがすごく自由で、読み手が性別とは関係なく、本の中に書かれている性のどれにも憑依できる場合がありますよね。うまくいけば人間以外のものや、言葉や、意味そのものにもね。それが文学の、物語の面白さなんでしょうね。

 このほかにも、ポケモンの主題歌や『ドラえもん』で描かれるステレオタイプな女の子像、アメリカ女流作家による『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』についてなどトークはさらにヒートアップ。

 イベントの最後には参加者からの『夏物語』に関する感想発表・質疑応答も熱い発言が多く、川上さんから「あなたみたいな読み手がいてくれるなら私たちも純文学をもうちょっと頑張っていこうと思います」という言葉も飛び出した。

 読み手の数だけ万華鏡の様に印象を変える小説だからこそ、読んだら誰かに語りたくなる。そんな熱気に包まれたままトークショーは幕を閉じた。

『夏物語』を持ちながら、3人でパチリ。
『夏物語』を持ちながら、3人でパチリ。

夏物語

著・川上未映子
本体1,800円+税
文藝春秋
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●HMV&BOOKS ONLINEの記事はこちら

https://www.hmv.co.jp/news/article/1908131006/

川上未映子(かわかみ みえこ)

1976年大阪府生まれ。2007年『わたくし率 イン 歯ー、または世界』『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』で早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、08年『乳と卵』で芥川賞、09年詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、10年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞、13年詩集『水瓶』で高見順賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、16年『マリーの愛の証明』でGRANTA Best of Young Japanese Novelists、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞を受賞。他の著書に『すべて真夜中の恋人たち』『きみは赤ちゃん』『みみずくは黄昏に飛びたつ』(村上春樹氏との共著)『ウィステリアと三人の女たち』など。17年には「早稲田文学増刊 女性号」で責任編集を務めた。


花田菜々子(はなだ ななこ)

1979年東京都生まれ。流浪の書店員。ヴィレッジヴァンガード、二子玉川 蔦屋家電、パン屋の本屋を経て現在はHMV & BOOKS HIBIYA COTTAGEで店長を務める。自身の体験を書いた著書『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』が好評発売中。


新井見枝香(あらい みえか)

1980年東京都生まれ。三省堂書店にアルバイトで入社後、契約社員を経て正社員に。現在はHMV & BOOKS HIBIYA COTTAGE に勤務。独自に設けた文学賞「新井賞」や著者を招いた「新井ナイト」で知られる。著書に『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』『本屋の新井』など。

2019.09.15(日)
文=濱野奈美子
撮影=白澤 正