彼女の多作と名声の陰にあった
苦悩と贖罪
今月のオススメ本
『森瑤子の帽子』
『情事』を引っさげ、38歳で華々しくデビュー。スノビッシュなライフスタイルと相まって、一介の専業主婦だったミセス・ブラッキン(伊藤雅代)は、森瑤子という当代一流の作家に化けた。彼女はどんな存在だったのかを、バブル期の日本社会とともに照射する。
島﨑今日子 幻冬舎 1,700円
若い世代はもう、作品はおろかその名前さえ知らないかもしれない。80年代から90年代のゴージャスライフを体現していた作家、森瑤子とは、どんな女性だったのか。『森瑤子の帽子』は、森の家族や交流のあった著名人たちへのインタビューと膨大な資料から、彼女の実像に迫った傑作ノンフィクションだ。
その時代のアイコンとなるような女性たちの肖像を数多くルポルタージュしてきた島﨑今日子さん。意外なことに、最初は、森瑤子という女性に強い思い入れがあったわけではなかったという。
「森さんが抱えていた、たとえば老いへの恐怖や、性の飢餓感など、アイデンティティーと経済力以外の問題は、まだ若かった私には遠かったんですよね。私はむしろ、著作を読み返したり取材したりを通して、森瑤子の本当の戦いを知りました」
仕事と家庭の両立、女性の自立、夫との確執、母・喜美枝との幼少期からの葛藤……、森が悩んでいたことは、21世紀の女性たちにとっても変わらぬ悩みだろう。
「それを誰よりも早く“女の問題”として書き綴った人だったとわかった。そこから共感し、同情し、感情移入できるようになったんです」
きらびやかな作家生活を維持するために、過剰なまでの多作に追われる森。島﨑さんは、そんな彼女が、家族や家庭を十全に顧みることができない“罪悪感”を常に抱いていたことを見逃さなかった。
「まずは娘たちの母であれという、夫・ブラッキン氏の価値観に引きずられていた部分も大きかったかもしれません。何より森さんは、世間の目に苦しんだというより、自分の中の規範に苦しんだという気がします」
だが、3人の娘たちの証言を読むと、救われた気持ちにもなる。
「彼女たちも40代になり、母の人生を客観視できるようになっています。自分の悩みと重ね合わせて、母の苦労が理解できるようになった。そういう娘を育てた森さんは、母として三者三様に魅力的に成長できるだけの養分は与えたのだろうとも感じました。母親の役割を十分に果たしてくれなかったという気持ちは消えないけれど、女として同じ地平に立ったときに、娘たちは森瑤子の生き方を肯定していきます。たとえ没後26年経ってからでも、そのことは森さんにとって何よりのギフトです」
執筆を終えて、島﨑さんは思う。
「森瑤子は、劇場型の人生を全力で生きた人。ここまでの人はちょっと他に思いつきません」
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2019.06.10(月)
文=三浦天紗子