バリならではの
新しいレシピを考案
では、ファンティン氏の話に耳を傾けよう。まず、彼は何をおいてもこう言う。「季節、旬が大事なのです」と。たしかに、彼の繊細でいて力強い旨さを秘めた料理の品々は、第一に素材への尊敬があり、素材の旨みを最大限に引き出そうとする禁欲的なまでの努力の結晶である。
あまたの名店での修業は彼にどう作用したのか。ファンティン氏は言う。
「修業したすべての場所が今日の私を作り上げました。中でも、『ラ・ペルゴラ』のシェフ、ハインツ・ベックから学ぶことは多かったですね。いまの料理人は若手であればあるほど、キレイでアーティスティックな料理を志向するのですが、ハインツ・ベックが言っていたのは、大事なのは味とか食材にフォーカスすることだ、ということなのです。この店ほど私が料理とは何かを考えた場所はありません」
では、それだけ素材を大切にする彼が、バリ島で最初にしたことは何だったのか。
「最初にバリ島を訪れたのは2017年の1月です。食材のクオリティを確認することが目的でした。クオリティがあるレベルに達しない場合には、レストランの開店を諦めなければならなかったからです。私の料理で特に大事なのは野菜です。もちろん、イタリアや日本には及びませんが、充分なレベルではあると感じました」
充分なレベルの食材――。実は、そこからが大変だった。
「東京では、食材の数を少なくし、自然な形で手を加えて料理するのが私のやり方でした。ピュアでシンプルなものを追求すれば大丈夫でした。しかし、バリでは、魚もほかの食材もスーパーフレッシュというわけにはいきませんから、味を加えていいバランスにすることが必要でした。食材を足すとか、マリネするとか、酸味やハーブを足すということです。つまり、バリの食材を前にして、まったく新しいレシピを創造しなければならなかったのです」
新しいレシピ――、口で言うのは簡単だが、それは容易なことではないはずだ。ファンティン氏は、寝ても醒めても料理のことを考えているのだと言う。
「私自身は向上していくのが好きな人間なのです。つねに、その先、その先を目指したい人間で、そのことが自分の料理を発展させるのに役立っているのでしょう。だから、100年も経てば、私はいいシェフになっていると思う」と笑った。
食材との格闘によって、ファンティン氏は新しい料理を次々と生み出した。論より証拠で、料理を見ていただこう。
2017.06.28(水)
文=文藝春秋 増刊・ムック編集部