招聘するという文化を
とことん究めた偉業

1976年に行われた第1回世界バレエフェスティバル。世界中のバレエ・ファンから注目を浴び、ダンサーたちも選ばれるのを楽しみにしている3年に一度のフェス。70年代半ば、無理と言われていた第1回を成功させたことで、世界中のバレエ関係者が驚愕した。

 来日アーティストは「日本は特別な国」と言う。日本人は親切で、ホテルやコンビニでニコニコされたからそう言っているのかも知れない……と思うのは早合点だ。日本独自の招聘文化が彼らに「特別な国」と思わせているのであり、直接アーティストを招いてくれた側の精神的な「もてなし」が、彼らの舞台での最高のパフォーマンスをサポートしているのだ。

 残念ながら、すべての招聘会社がそのような文化を持っているわけではない。安普請の装置で済ませ、オーケストラの準備も突貫工事、滞在費の倹約のためにアーティストに過酷なスケジュールを押し付ける招聘元がないわけではないのだ。

 佐々木さんは一流の人たちを日本に連れてくるために全力で闘った。文化において相互が対等になるためには「尊敬」が必要だと知っていた。芸術家を心から尊敬する。万難を排して舞台を準備する……プラスアルファ、驚くようなもてなしが、日本を特別な国にする。佐々木さんが豪華絢爛なサロンを作り、そこに芸術家たちを招いて驚かせたのは、誠実さのその先にあるエンターテイナーとしての茶目っ気だったと思う。

佐々木氏の美意識が集結したヨーロッパ趣味のサロンには、世界中で買い集めた雑多なアンティークの装飾品が並んでいる。海外ではこうしたインテリアの買い物も佐々木氏の大きな楽しみだったという

「サロンには何度もうかがいましたが、豪華な空間が全く成り上がり趣味には感じられなかった。インテリアへの執着は美に対する欲望なんだけど、私欲ではない感じですね。そこに人を招きたい、驚かせたい、『このシャンデリアは18世紀のものでね……』と、それを言いたくて頑張っちゃってるんです。社屋の中にある佐々木さんのお部屋というのも見せていただいたんですが、予想外にシンプルでした。そこは豪華じゃないんですよ。別荘も車も、ある意味自宅も持たなかった人で『名誉と金を得るとみんな別荘を建てたがる。そういうのはダメよ』と口癖のように仰ってました」

 本の表紙に写っている、猫足の椅子に座ってこちらをチラリと見ている佐々木さんは、偉大な人というより、茶目っ気たっぷりの子供のようにも見える。

「私の知人が表紙の写真を見て『佐々木さんって、妖精みたいな人だったんだね』と言いました。……本が出来上がって、確かに、この写真には、いろいろな意味で佐々木さんの本質が出ているなと思いました」

 尽きない芸術への情熱と「公平さ」へのこだわりで、世界に喧嘩を売った伝説の興行師の、濃厚な人生が記された一冊である。

『孤独な祝祭 佐々木忠次
バレエとオペラで世界と闘った日本人』

著・追分日出子
本体1,800円+税 文藝春秋
» 立ち読み・購入はこちらから(文藝春秋BOOKSへリンク)

追分日出子(おいわけ ひでこ)
1952年千葉県生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。「カメラ毎日」編集部、週刊誌記者を経て、『昭和史全記録』『戦後50年』『20世紀の記憶(全22巻)』など時代を記録する企画の編集取材に携わる。1994年から雑誌「AERA」の「現代の肖像」を執筆し、2004年まで取材執筆した文章は『自分を生きる人たち』(晶文社)として上梓されている。

小田島久恵(おだしま ひさえ)
音楽ライター。クラシックを中心にオペラ、演劇、ダンス、映画に関する評論を執筆。歌手、ピアニスト、指揮者、オペラ演出家へのインタビュー多数。オペラの中のアンチ・フェミニズムを読み解いた著作『オペラティック! 女子的オペラ鑑賞のススメ』(フィルムアート社)を2012年に発表。趣味はピアノ演奏とパワーストーン蒐集。

Column

小田島久恵のときめきクラシック道場

女性の美と知性を磨く秘儀のようなたしなみ……それはクラシック鑑賞! 音楽ライターの小田島久恵さんが、独自のミーハーな視点からクラシックの魅力を解説します。話題沸騰の公演、気になる旬の演奏家、そしてあの名曲の楽しみ方……。もう、ときめきが止まらない!

2017.03.11(土)
文=小田島久恵