和洋を接いでオリジナリティに達する日本近代絵画の粋

「洋画」と呼ばれる日本近代絵画を確立した巨匠の大回顧展。《読書》に《智・感・情》など初期から最晩年までの代表作を網羅。黒田清輝の全体像を容易に捉えられ、まさに「決定版」というべき展示内容となっている。師のラファエル・コラン、教え子の青木繁ら、同時代に活躍した画家の作品も多数出品。

 ああそうだ、人間も一個の自然だったな。黒田清輝の《湖畔》を眺めると、改めて気づかされる。

 舞台は箱根の芦ノ湖畔、画面前景には女性が一人。表情からは柔和さと、容易に意思を曲げぬ芯の強さが同居しているのが窺える。彼女の背後には湖が佇む。鏡のように静まる水面には、画面奥の萌える山々の緑が映り込んで、複雑な色合いを見せる。湖面には女性が身に着けた衣服の青色、ふくよかな唇に引かれた紅色までが溶け込んでいるのを感じる。

 湖を中心に、人間を含めた自然が調和して、一つの音色を奏でているかのよう。そのさまを黒田の絵画は、十全に表し尽くしている。油彩でありながら水彩でさらりと描いたごとく軽やかで、一帯を満たしていたであろう爽やかな大気までも捉える。

 文明開化以来、西洋文化を必死に吸収してきた日本の、絵画における最高到達点がここにある。

 《湖畔》を含む黒田の代表作をずらりと揃えた特別展『生誕150年 黒田清輝─日本近代絵画の巨匠』が始まる。パリに留学中、近郊の村に取材して描いた《読書》や《婦人像(厨房)》。帰国後に日本洋画を国際的に通用するものにせんと模索した《舞妓》や《木かげ》、1900年パリ万博に出品し銀賞を得た《智・感・情》。さらには、日本画壇にアカデミズムを植え付けようと美術行政・教育にまで携わった時期の《野辺》や、絶筆であり、心象風景を実景に投入したかのような《梅林》まで。

 作品をたどっていけば、激動の明治~大正時代を生き抜いた芸術家の全貌がくっきり浮かび上がり、これぞ正しき回顧展だと感じ入る。展覧会全体が、黒田清輝の見事な一幅のポートレートになっている。

 会場には他に、彼が師と仰いだラファエル・コランや印象派の作品、ミレーの《羊飼いの少女》など、黒田が影響を受けたフランス絵画も並ぶ。これら名品と黒田の絵画を見比べてみれば、いかに黒田が刻苦勉励して西洋美術の技術習得に努めたかがよくわかる。本場の一流画家と何ら遜色のない画面構成や人体把握能力、筆のタッチを彼は会得していたのだ。

 そのベースに立ったうえで、和装に日本髪など和のモチーフを扱ったり、金地の背景といった日本美術の伝統を取り入れたり、人と一体化する自然の姿を表現したり。ありとあらゆる手法を使って、日本人画家としてのオリジナリティを色濃く打ち出そうともしている。

 古今東西、いいものはいいと認めて躊躇なく採用し、あれこれ接ぎ合わせてオリジナリティを形成する。黒田清輝の画業は、広く日本文化の特質を表しているのだった。

特別展『生誕150年 黒田清輝 ─日本近代絵画の巨匠』
会場 東京国立博物館 平成館(東京・上野)
会期 2016年3月23日(水)~5月15日(日)
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL http://www.seiki150.jp/

山内宏泰(やまうち ひろやす)
ライター。美術、写真、文芸その他について執筆。著書に『写真のフクシュウ 荒木経惟の言葉』(パイインターナショナル)、『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』(星海社新書)など。「写真を読む夜」「provoke project」など写真に関するイベントも定期的に開催。

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美術、写真、文芸その他について執筆するライター、山内宏泰さんがナビゲート。いま見逃せない美術展をテーマに沿ってご紹介する、アートの“ななめ歩き”の提案です。

 

2016.03.19(土)
文=山内宏泰

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