ガマの隣にあったサーキットが『光る』の始まり
――『地図にない』では旅館のロビーを人が出入りする場所として使っていましたが、今回はゴーカートのサーキットの事務所が主要な舞台ですね。
実は、沖縄で実際にサーキットに行ったんです。沖縄戦で避難所とか野戦病院になった有名なガマ(鍾乳洞)があって、そこを見に行こうと思ったら、たまたまその近くにサーキットがあったんですよ。しかも、お金を払ったらゴーカートにも乗れるんです。それで自分も乗ってみたら楽しくて、こんな場所あったんだって。でも、そのすぐそばには戦争の記憶がこびりついたガマがあるという。
――サーキットの事務所には入ったんですか?
事務所の中には入ってないです。けど、小さいサーキットだったんで、受け付けする時に奥に事務所があるから、結構見えるんですよね。職員が働いてるのが。
――今の若手演劇人に対して上の世代から「世界が狭い」っていう批判が、少し前にあったじゃないですか。それを広げるためにリサーチというか、フィールドワークっていうのは重要なんでしょうね。
まさにそうですね。『地図にない』の時にリサーチをしたのも、そういうところで。この仕事をしていると普段会うのは仕事関係の人ばかりだし、自分の行動範囲が限られてきていて、なかなか広がらない。そこを広げるためのリサーチだったんです。だから、無理矢理でも知らない土地に行ってみたうえで脚本を書き始めたんですよね。
――東浩紀という思想家が『弱いつながり』という著作で、観光地に行ったらうつむいてスマホで検索しろと書いているんですよ。つまり、ネットの使用がルーティンになると検索ワードは固定化され、結果、手に入る情報も代わり映えしないと。その沈滞を脱するために、旅に出ることが提案されているんです。身体の移動によって、普段検索しない言葉が脳内に生じる、と。
ああ、それは分かります。それに近いものがあると思います。
――あと、脚本を読んだ限りで、平田オリザさんらが得意とする同時多発会話が出てくるなと思ったんですけど、これは自然にそうなったんですか?
自然にですね。割とよくやるんですけど、今回は確かにいつもよりも多いかもしれませんね。誰かが喋り終わる前に喰い気味に他の人が話出したりとかも。人が大勢いるシーンで話題を共有している時って、喋っていない人が生まれちゃうじゃないですか。でも、そういうことって現実ではあるといえばありますよね。例えばご飯を食べに行ってみんなで喋っていて、隣のグループを見たら全然別の話をしていたりする。舞台でもそういうシーンもあったほうが立体感が出るんですよね、僕の感覚では。
