隣室から聞こえてきた“言い合い”

 1カ月が経ちました。

 その夜、Fさんが疲れた足取りで3階までの階段を上り終えると、外廊下の向こうからくぐもった怒鳴り声が聞こえてきました。

「だから違う、それは関係ない! あーもう!」

 声の主は隣人のHさんでした。

 いけないとは思いつつも忍び足で近づきドアに耳を近づけると、電話越しに誰かとドア付近で言い合いをしているようだったそうです。

「もう、いいから! 切るよ!」

 そう言い終わると彼女がドタドタとドアに近づく音が聞こえ、Fさんが慌ててその場をあとにしようとしたのも束の間、ドアがバンと勢いよく開きました。

「あ、あの、すみません……!」

「え? あ、ごめんなさい、き、聞こえてました……?」

「あー、ちょうど通りかかったときに……」

「ごめんなさい、大きな声出しちゃって。身内からだったんですけど……すみません、本当」

「いえいえ! 色々ありますからね……」

 ペコペコと頭を下げながら自宅に帰ったFさん。

 荷物を降ろして上着を脱いでいると、壁の向こうからHさんの怒鳴り声がまた響いてきました。

「自分もあのくらいの年頃は家族と衝突してばかりだったなぁ」

 騒がしくはありましたが、Fさんの心にはそんな少し懐かしく微笑ましい思いも湧いてきたそうです。

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