震災のリアルとフィクション、その“ちょうどいい距離”とは
――現実のリアルさとフィクションとのバランスについてはどのように考えていますか?
難しいですね。リアルに描きたくもある一方で、生々しくなりすぎないようにしたいと思いました。恐ろしさを伝えなければならないけど、震災がテーマと聞いただけで読みたくない人もいるはずなので。
猫と子どもを主人公に、子どもの目線で語れる世界観にすることで多少マイルドにできるのではないかと考えました。
――津波のシーンは臨場感がすごいです。描くことにためらいを感じた場面もあるのでは。
YouTube上にあるすべての津波動画を見たんじゃないかというくらい見ましたね。そのころ、東京が豪雨に見舞われて。豪雨のあとは津波のあとを想起させるようで、私自身、けっこう参ってしまった時期もありました。
でも、動画はどんなに見てもやはり動画でしかないんだと。豪雨による水の被害を目の当たりにして、その恐怖にどれほど心が傷つくかに気づくことができたのは大きかったです。
――「留守番」というキーワードは早々に考えていたのでしょうか。
ここなちゃんが家でお母さんを待っている状態で被災してしまうという状態は初期段階から決まっていました。留守番って、お母さんが戻ってきてくれるという希望があってしていることなので、そのワードは使いたいと。
――「死んでしまった人の霊はその場から動けないけれど、猫にくっつけば移動できる」という猫の使われ方が絶妙ですね。
留守番させるにしろ、動けないとストーリー上困ってしまうので。こうすれば猫にもお仕事が与えられるんです。
――幽霊が見える千代子さんの存在とバランスよくかみあって、この設定には不思議な説得力を感じます。あの日から1日ごとの経過が描写されていき、時系列で全容を体感していくような読み口です。
1巻の間は当事者も「なんだかわからない日々」が続いていく感じですね。助かって避難所にいる人たちも、わけがわからないまま避難所を回されていく状態だったり。
――ここなちゃんのお母さんが、娘はきっと近所の人といっしょに避難してどこかにいると信じる様子に胸が痛みます。
ここなちゃんの留守番については読者コメントがたくさん寄せられました。どう行動すればよかったのか、これが正解と言い切れないから難しいですね。ただ、だれかを責める描き方にはならないように気をつけています。
