場の空気を異様に読む子どもでした
――村井さんは、そんなお兄さんやお父さんの間で、どんな子どもでしたか。
村井 場の空気を異様に読む子どもでしたねえ。家族でレストランに行くと、兄がショーケースの前で30分も40分も考える。父はどんどんいらついてくるんです。私もメニューを決められないと父はもっといらつくだろうし、すぐ決めても私の点数がアップしてしまう……と考えてしまうような。
――つらいなあ、それは……。
村井 メニューをパッと決めると、「理子はやっぱりえらいなあ、それに引きかえあいつは……」って父が言うのはいつものパターン。私はホントずるい子で、父と一緒のものを頼むんですよ。
――実際食べたいものは別にあるのに?
村井 そうなんです。今もそれが残ってて、食べたいものがあっても「みんなと一緒でいい」と言ってしまいがち。「お任せします」っていうタイプ。
――そんな村井理子さんが今回は映画の主役で、役名も「村井理子」として登場します。そのことに抵抗ってありましたか。
村井 監督からその件について訊かれたんです。「(役名も)村井理子でいいですか?」って。そこはね、やっぱり加奈子ちゃん(※お兄さんの元妻で、映画にも原作にも登場する重要人物)に対する礼儀じゃないけど、あたしはモロ出しで行く、本名で行くし、逃げも隠れもしないので、書かせてね、っていう……。
――起こったことはすべて事実で、人間関係もまんま書いているのに、自分だけ仮名にするわけにはいかない、と。
村井 そうです。私だけ隠れるわけにはいかないので、そこはもう本名で行こうと。
――ご自身を柴咲コウさんが演じるというのはどんな感じでしたか。
村井 申し訳なかったです……(笑)。
――今までずっとハキハキ喋っていた村井さんがここだけ消え入るような声になっております(笑)。
村井 柴咲さん、髪の毛を切って(私の髪型に)寄せてくださったんですよ。とてもうれしかったです。
ここで村井さんの担当編集さんが証言してくれたのだけれど、柴咲さん演じる村井さんは「歩き方、特に小走りになるところなどびっくりするぐらい似ていた」とのこと。また「村井さんのサインを見せてください」とお願いされて画像を送ったら、サイン会のシーンではサインはおろか文字まで似ていたというからすごい。
――さて村井さん、映画で「ここも見てほしい」と思われるようなポイントを、教えてください。
村井 舞台となっている、宮城県多賀城市の景色ですね。ホントに丁寧に、私たちが回ったところを撮影されています。多賀城の人たちがノリノリで撮影に参加してくださったのもうれしかったし、見ていて愉快で(笑)。うちの兄を担当してくださっていた市役所の方も出てくださったんですよ。
――市のみなさんが多くエキストラ出演されているようですね。他にはどうでしょう。
村井 原作にはない部分で、兄と私の交流シーンを監督がイマジネーションでもって描いてくださった部分はやっぱりうれしかったし、見てほしいですね。オダギリさんの表情の変化もとても面白いので。
――原作を読んでから映画を観ると、「なるほどこういうところを膨らますのか」とか、原作に出てくるあの人やあのシーンをカットすることで話を絞るんだな、なんてことも味わえますね。
村井 私と良一君(兄の息子役)が別れるところなど、原作の中では思い入れのある部分ですが、全部を映像に入れていくと細かすぎてしまうんだろうな、と見ていて感じました。だからって「削ったな!」と怒ってるんじゃないんですよ(大笑)。
――タイトルも「兄の終い」が映画では「兄を持ち運べるサイズに」と変わりましたね。
村井 監督があのフレーズを気に入ってくださったんでしょうね。映画はこれでいきたいと相談されて、「ええ、どうぞ」と。
――「一刻もはやく、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう」という、村井さんの言葉。
村井 心の底から出た言葉です。兄はすごく身長が高いから、「どうやって運んだらいいの!」とまず思って。どこで荼毘に付せるかなんて分からなかったし、もうとにかく小さくしてしまえ、ということで頭の中がいっぱいになりました。
――映画は11月28日公開、楽しみですね。さて村井さん、最後に今後の展望など教えてください。
村井 翻訳に関して、バランスを考える時期だなと思っています。訳しても訳しても収入につながらない。辞めることは考えないけど、本数を減らすとか。若手が育たないと困るという面もあります。業界が高齢化してきているから、若い人に仕事が回るようにも考えたい。今後はエッセイだけじゃなく、創作も書いていきたいかな。
――おお! どんなものを書きたいなど、ありますか。
村井 それは……これから考えますかね(笑)。
映画『兄を持ち運べるサイズに』11月28日(金)TOHOシネマズ日比谷他、全国公開
出演:柴咲コウ オダギリジョー 満島ひかり 青山姫乃 味元耀大
脚本・監督:中野量太
原作:『兄の終い』村井理子(CEメディアハウス刊)
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
https://www.culture-pub.jp/ani-movie/
村井理子(むらい・りこ)
1970年静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。ユーモアに富み、近況を率直に日々発信するSNSも人気を呼んでいる。著書多数、近著には「ある翻訳家の取り憑かれた日常2」(大和書房)、「ハリウッドのプロデューサー、英国の城をセルフリノベする」(亜紀書房)などがある。
X:@Riko_Murai
聞き手・構成 白央篤司(はくおう・あつし)
1975年東京都生まれ。フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに執筆する。主な著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『自炊力』(光文社新書)、『台所をひらく』(大和書房)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。旅、酒、古い映画好き。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

