毎年いち早く春の知らせが届く伊豆半島へ、花を愛で、春風を感じる旅に出かけてみませんか? 季節の花を巡り愛でる、名付けて「伊豆花遍路」。まずめざすのは、東京から新幹線で約45分、伊豆半島の付け根に位置する熱海へ。

 坪内逍遙、谷崎潤一郎、太宰治といった、文豪たちが愛した街としても広く知られるブンガクの街、熱海の「伊豆花遍路」の楽しみ方をご案内しましょう。

 今回は、熱海ブンガク巡りに外せない、ふたつの必見スポットを紹介します。

◆起雲閣(きうんかく)

「熱海の三大別荘」と賞賛された名邸が基となる起雲閣。<文豪の部屋>からの庭園の眺めも趣がある。

 大正年間の1919年に政治家の別荘として建てられた起雲閣。戦後は所有者が変わって旅館となり、1999年まで熱海を代表する宿として数多くの著名人も利用しました。現在は市の所有施設(熱海市指定有形文化財)となり、一般公開されています。

 起雲閣は日本近代建築の特徴を備えています。和館「麒麟・大鳳」は伝統的な和風建築ながら、随所に先駆的な技術が施された造り。高い天井、座敷の三方を取り囲む畳廊下、庭園の風景は贅沢な空間で、群青色の壁も色鮮やか。窓には「大正ガラス」が残っており、微妙なゆがみが独自の美しさを放ちます。洋館「玉姫」「玉渓」も中国やヨーロッパの装飾や様式が融合する贅を尽くした意匠で、建築的に貴重な施設となっています。

庭園は池泉回遊式で、四季折々の眺望とともに散策も楽しめる設計がなされている。

 また同館は山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治、舟橋聖一、武田泰淳など日本を代表する文豪に愛されたことでも知られ、熱海に根付いたブンガクの歴史が体感できる、資料館的な役割も担っています。

 谷崎は1942年、熱海で『細雪』の執筆に着手。すぐに別荘を購入して暮らし始め、2年後には空襲を避けるため神戸にいた家族も呼び寄せました。終戦後関西に帰ったものの、温暖な気候が忘れられず数年で熱海に戻り、晩年近くまで過ごしました。館内の<文豪の部屋>には谷崎が山本、志賀と「玉渓」で文芸対談をした折りに庭を散策して撮影した写真が残されています。

 太宰と熱海にまつわる話は、壇一雄の『小説太宰治』にも登場します。戦前、太宰はこの地をたびたび訪れ、原稿執筆の名目で何軒かの旅館に逗留していたとか。同作品には作者が、借金を抱えたまま悠然と日々を送る太宰を訪ねた際の逸話も記されています。その太宰は戦後、起雲閣の別館で『人間失格』を執筆(山崎富枝と本館に宿泊したこともある)。<文豪の部屋>には、当時の様子が窺える資料も展示されています。

洋館「玉姫」は暖炉がある欧風デザインを基本に、折上格天井など神社仏閣に見られる建築様式が加味されている。

起雲閣(きうんかく)
所在地 静岡県熱海市昭和町4-2
電話番号 0557-86-3101
開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料 大人510円ほか
休館日 水曜・12月26日~30日
URL http://www.city.atami.shizuoka.jp/page.php?p_id=893

2016.01.22(金)
取材・文=多田洋一
撮影=釜谷洋史