名匠ホロヴィッツが愛用したピアノとの出会い

「王者のピアノ」と出会ったことで、演奏家としての可能性が大きく広がった。ユニークで輝かしい音色を持つ名器。

 アルバム『リスト』を聴いて最初に驚くのは、華麗で陰影に富んだ特別なピアノの音色だ。反田がレコーディングとリサイタルで使用しているのは、あのウラディミール・ホロヴィッツが愛用し、1983年の伝説の初来日公演のときにも空輸されたという1912年製のニューヨーク・スタインウェイ(CD75)。巨匠が長年、自宅に運んで愛でるように弾いていたという、貴重な楽器だ。

「『面白いピアノがあるんで弾いてみないか?』という電話一本で、このピアノと出会うことになったのですが、まずホロヴィッツが使ったピアノが渋谷にあるというのが驚きでしたね(笑)。ピアノの前でまず一礼をして(笑)、ラフマニノフのピアノ協奏曲の第3番を弾いたのですが、一瞬で違いがわかりました。もう、ホロヴィッツの音みたいなんです。鍵盤は軽く、高音部は輝かしくて、低音部はバイク音のように強靭で、コントロールがとても難しい。すぐこの楽器に魅了されました」

 伝説的なピアノを前に、リストの「水の上を歩くパオラの聖フランチェスコ」を弾く反田の左手は、驚くほど敏捷で柔軟だ。両利きだというが、驚異的な鮮明さで勢いよく鍵盤をとらえていく動きは、明らかに天才ピアニストのものだ。

「左手も右手も、どちらも一度骨折しているんですよ。幸いにも完治しましたけど(笑)、ピアノの試験の前に全身打撲の交通事故に遭っても、ぎりぎりで奇跡的に回復したり……僕の人生には不思議なことが多いんです。生まれてくるときに、逆子で心肺停止状態だったのに、その後奇跡的に生き返ったこともあって、子供の頃から霊感体質なんですよ。他の人よりも、色々なものが見えているかも知れない(笑)」

2015.08.10(月)
文=小田島久恵