プッチーニのオペラでは女性の肉体が音楽の中で描写される
――本当に二人だけの世界ですね……。
「一幕はポリフォニーで、市民や学生や馬車が街に溢れていて華やかな感じです。二幕はロココ的な世界。古い貴族たちがいて、踊りの練習をしていて、それと対極にあるマノンとデ・グリューのコントラストが描かれる。そして最後は荒野。絶望に嘆く情熱と表面的な静けさ……。プッチーニのほうが、デ・グリューを英雄的に描いていますね。マスネよりも成熟した男性として捉えています。そして音楽は大変肉体的です……。マノンがどういう肉体をしているのか、肌の質感や視線の魅力を『うわ、なんて美しい……』と描写している。とてもエロティックですね」
――昨年新国立劇場で上演されたデフロさん演出の『カヴァレリア・ルスティカーナ』『道化師』でも、エロスが社会的な規範を超えて、悲劇的な結果が訪れる世界が描かれていました。実はこの法則は、オペラの9割を支配しているのではないかと思うのですが……。
「(笑)。でも、20世紀に入るとオペラで描かれる女性像が変わってきますから、必ずしもそうでもないんです。『サロメ』や『ルル』は少し違いますね。プッチーニは愛を語る人です。『マノン・レスコー』の最初の一声がデ・グリューの『アモール(愛)』で、最後の一声がマノンの『愛は……死なない』なのですから。プッチーニの場合、色々な葛藤が美しい音楽に昇華されていくのです」
――本当ですね。プッチーニは泣ける……。
「本当に女性を愛した人です。マノンというのは、馬車にも乗ったことのない女の子だったんですよ。それが騎士デ・グリューと出会ってしまうんですから。騎士ですよ。好きにならないはずがないじゃないですか!(笑)」
――デフロさんもマノンの気持ちになるわけですね。演出家は男性にも女性にも子供にもなる。
「登場人物全員になります。レシーバーみたいな存在です。同時に、歌手全員を映し出す鏡でありたいと思っています。年をとってきた分、マノンを愛人にする金持ちのジェロントの気持ちも理解できます。老いてなお、青春を諦めたくないという思い……大変つらい感情を抱えた人物だと思います」
2015.03.11(水)
文=小田島久恵
撮影=白澤 正